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大川久乃です。

『はたきがけこうしん』(文・大川久乃 絵・下田昌克
こどものとも年中向き/福音館書店/2016年6月号



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デンデンムシノカナシミ

2015.06.26 22:42|書くこと
梅雨。
でんでんむしさんの姿が良く、
絵本棚でも子ども向けの番組でも見かけられます。
(歩いていて、というのではないのがかなしいかな)

あの”殻”を、「家」とする見立てがメジャーどころ。
出ておいでよ、一緒に遊ぼうよ、と、かたつむりに声をかける登場人物たちを見て

ふと、綴ったことがあるので、久しぶりにこちらを更新。
「書くこと」のカテゴリとして、書いてみます。

かたつむりにとって、あの、せなかのものは
”かくれみの”であるのかどうか。

かたつむりがかたつむりであるそれ以上でも以下でもない、
”殻”をふくめたすべてまるごとが
ありのまんま なんじゃないか。

人に自分をさらけ出すことを美徳とせぬ人がいて
そういう性質(タチ)を、「損だよー」というのは
やっぱり、あの”殻”を家にみたてようとする
いわばありきたりの発想からくるおしつけかもしれない。

同時に、その”殻”のあるすがたに、勝手な理想をかさね
過大評価を膨らませるのも、ちとちがう。

でんでんむしは、
自分のやわらかな身を、ときにすっぽり入れることすらできる
空洞”を、その、背中に持っている、そういう性質のものなんだ。


それにしても、
新美南吉の「でんでんむしのかなしみ」という童話は

改めて、すごく、いいなぁ。

人は、自分が深く感じ入ったこと、
または言語化以前の感覚で腹におとしこんだことでしか、

現象を詩にできないし
その詩作、そこからしか物語を紡ぐこともできない。

(確かヘッセが、すべての童話作家は詩人であると言っていてわたしには指針)

それがどれだけ突拍子もなくて
どれだけひとりよがりだよと酷評する人があったとしても

その人の人生の、電光石火、
一瞬の真実の視点であるのなら

必ずその点には、すれ違い出会うことの叶う、人がいる。

その交差点で、普遍のものとなる。

でんでんむしの”殻”を
かなしみとしたとき
この詩人と、でんでんむしは、完全に対等なんだ。
読み入る読者と、でんでんむしも、結ばれるんだ。

むすばれるとか、対等とか、ともだちとか、そういうことだとも、思う。
 
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