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いちごいちえいちおっぱい

2012.10.12 20:55|暮らし
出産翌日からつけていた育児日記。
24時間の記録をつけられるようになっています。
それを見ると、はじめの頃は、授乳をしたという意味の
「母」という字が、ほぼ毎時間の欄に記入されています。
わたしももちろんですが、赤ちゃんも、1時間を超えて眠れていない。
そんなはじまりでした。

わたしが選んだ産婦人科は母乳育児に熱心だというところ。
それでもお母さんの意志を尊重して良いように指導下さるのでしょうけれど
わたしははじめから母乳で育てたいと言っていたので、
その方向で指導してもらいました。

”赤ちゃんは3日分のお弁当(栄養)をもって生まれてくる。
だから3日間はお乳の出が良くなくても大丈夫。”
だからわたしも、3日を過ぎれば、とがんばっていました。
それでも、出が悪いのか、吸うのがヘタなのか、
なかなか軌道にのらず、赤ちゃんはうんちが出なくなり、
レンガ尿という脱水症状を表すおしっこが出ました。
ときどき疲れきったかのように3〜5時間続けて眠られると、
ほっとするどころか、心配で、かわいそうでなりません。
”おっぱいを出すためにしっかりお母さんは食べなければ。”
楽しみだった食事もほんとうにほんとうに美味しいのに、悲しい。
もちろん、残すことなく頂きましたけれど!
でも、わたしだけ、おなかいっぱいになることに罪悪感をおぼえました。
それでも入院中(砂糖水は数回与えたものの)
一度もミルクを足しませんでした。

もちろん、ちゃんと助産師さんの指導監督のもとです。
ギリギリのラインではあるものの大丈夫だからそうしていました。
そして何より、わたしの最初の意志があるからで、
それを支えようと、助産師さんたちも頑張ってくれていたのだと思います。

「お母さんが頑張っているから、赤ちゃんも応えて頑張ってくれてるね」
「お乳だけじゃなく、お母さんの愛情も飲んでいるのよ」
と、声をかけてもらったり、
足のマッサージを愛情たっぷり丁寧にしてくれたり、
乳首にできてしまった傷にはグレープシードオイルをくれたり
出産後の傷の痛みにとくれたアロマ湿布も
ほんとうにいい香りで癒されたし
うわさ通りに食事はほんとうに美味しかった。

わたしはどうしても自分のエゴを押し付けているだけなのではと
自分を責めては、「母乳で」という気持ちが揺らいで仕方なかったので
助産師さんのあたたかい言葉や手助けには涙がでました。
「このままもう少し頑張ってみて良いのかな」と思わせてもらえたのです。

感謝の気持ちと、たくさんの不安の気持ちのまま退院。
それでも、粉ミルクどころか哺乳瓶すら用意をしていなかったわたしは
やはりどこかで自信があったのだと思います。
もう少ししたら、ちゃんとおっぱいを飲んでくれるようになると。

ところがどっこい。
自宅に戻ってからも状況は変わらず、退院後5日目に、
産婦人科にふたたび相談に行き、
わたしの様子や、何より赤ちゃんの体重などなどからして
ミルクを足そうということになりました。
そのときわたしが泣いてしまったのは、
混合になったのが悲しいのではなくて、
心底ホッとしたからでした。

当然母乳で、と思って、当然出ると思い上がっていて、
ぜんぜん思うようにいかなくて、それでも無我夢中で、
自分からはどうしたらいいのか分からなかったので、
励まされるまま、大丈夫という言葉を信じて
頑張ることしかできなかった。

足すミルクの量は一回に60cc。3時間を必ずあけること。
ただしおっぱいは欲しいだけ何度でもあげていい。
また、ミルクをあげるのも、必ずおっぱいを吸わせてからあげること。
そういうやり方でいこうということになりました。
ふた月になるころにはきっとミルクを足さないでいいようになるよ、と
言ってもらいました。

さあてこれで楽になれると思ったのもつかの間、
今度は60ccでは足りないと怒って泣かれるは、
出ないおっぱいは嫌だと怒って泣かれてしまうようになりました。
ミルクを、哺乳瓶を出せといって、おっぱいを拒まれた一時期は
やっぱり辛かった。
わたしは何を、何のために頑張っていて、
そして、赤ちゃんに何のためこんなに泣かせているのだろう。
いつもその問いが頭にありました。

でも多分この頃、赤ちゃんがあんなにも泣いていたのは、
おっぱいに怒っているだけではなくて
わたしの精神状態が原因だったのだと思います。

体重測定で病院へいったり
区の事業で保健士さんが訪問にきてくれたり
専門家の人が「大丈夫よ」といってくれる状況で
わたしはすごく安心できて、そうすると
赤ちゃんも安心して飲んでくれるのです。

生後ひと月のころだったか、桶谷式のマッサージも受けにいき
そこの人にも言われました。
その頃、体重の増加は順調どころかちょっと多いくらいになっていて
「おっぱい、出てるよ。
 ミルク足さなくても減らしても大丈夫よ」
と言われました。
でも、わたしがミルクをやめられなくなっていました。
ミルクを足さないなんて、泣かれるのが怖くて考えられない。
桶谷式のその先生に
「赤ちゃんが泣いている理由は別にあるのよ」と言われました。
抱っこ療法というのを教えてもらって実践したり。
そのことはまたいずれ書きます。

夫にも何度も何度も言われました。
”何人もの専門の人に、「大丈夫」といわれたことを信じて。”
でもすぐにわたしはそれを信じられなくなり、不安に襲われて
また赤ちゃんには「申し訳ない」という気持ちになって
それでは赤ちゃんも悲しいですよね。
おっぱいはわたしの身体から出ているわけだから、
「あなたが大好きよ、生まれてきてくれてありがとう」
という気持ちをもつ余裕すらなく
「ごめんね」ばかりのおっぱい。
おいしいはずがありません。

混合で何が悪い。ぜんぜん悪くないのです。
それぞれの選択。
そう。わたしは覚悟がどこにも決まらずに、
母乳でやるという覚悟もゆらゆらだから、
混合で良い、そう思うならもっとミルクの量を増やしたい。
でもそうすると、おっぱいを飲まなくなるかもしれない。

赤ちゃんはとにかくおいしいお乳でもミルクでもいいから
たくさん飲んで安心して眠りたい。
飲ませてあげたい、眠らせてあげたい。
じゃあ何をどんな風に。
その選択をするのはわたしであって、
まさかこんな状況になるだなんて考えもしていなかったので、
ほんとうに参ってしまって、
誰かに決めてもらいたかった。

夫に決めてもらおうとしたことも何度もありました。
至極当然、わたしはおっぱいでいきたいと言っていて、
それを「大丈夫だ」と指導してもらっているわけだから
その通り、このまま、頑張ればいいんだと、言ってくれました。

わたしはあのとき、逃げ出したかっただけなのだと思います。
何も頑張りたくなかった。
でも、母親って、親って、頑張っているんですね。
辛くなってはいけない。
暗くなってはいけない。
ごめんじゃなくてありがとう。
この子はわたしの子。わたしはこの子の母親であること。
エゴかもしれない、でもそれでも、覚悟をすること。
覚悟をしたなら、もう迷わずに
(迷っても、ほんとはいいけど)、前進すること。

少しずつ少しずつそういうふうに強い気持ちをもてるようになってきて
とにかく夫が野菜たっぷりのご飯を食べさせてくれたし
精神的フォローをしてくれて、
里帰りもしない選択をしたわたしを見兼ねて
仕事を休んで、手伝いにきてくれた実母も
言いたいこといっぱい我慢して応援してくれた。
息子も小さなお口でがんばっておっぱいも飲んでくれて

一日、一日、一週間、ひと月、と過ぎていき、
「あれ、さっき、ミルク足さないで大丈夫だった」という時間帯が
ときどき、確かに出てきたのです。

それでも、ぜんぜんまだまだぜんぜんで、
精神的にもアップダウンが激しくて、
ときどきミルクの量を増やしては、けっきょく吐かれたりして、
あーやっぱり60でいいんだ、大丈夫なんだと、思ったり、
60じゃぜんぜん足りてないよかわいそうだよと泣けてきたり、
ひと月
ふた月、
そしてみ月。
あれれ! 昨日は一日中、いち度もミルクを足さなかったよ。
あれれ! 昨晩はおっぱいだけで寝てくれちゃったよ。
そういう日が、増えてきたのです。

もうぜったい、そんな日はこないと思えた日もありました。
そう思うなら、もっとミルクを飲ませてあげればいいものの、
あれだけ泣かせたのだから、母として、自分の決断に責任をもちたい
という気持ちが芽生えていました。
これだけ頑張って、それにつきあわせた日々があるのだから。
この子の母親はわたしなのだから。
わたしがいいと信じることを。
少なくとも今は、今のときは。
息子の笑顔を見るたび、この子はわたしを信じてくれているのだなと
胸があつくなりました。
100%受け容れられている。
この小さな命に、すっぽりわたしが受け容れてもらっている。

ほんとうに、おっぱいでもミルクでも混合でもいいのだと思うのです。
ただとにかく、出産して身体は離れても、ほぼ一心同体の時期に
なるべく健やかでおおらかな気持ちでお母さんが在ること。
いや、なかなか難しいことです。
でもだからこそ、エゴでいい。
わたしはわたしを信じようと、そこに戻ってくること。
どんどん強くなれる、その選択をしていくこと。
わたしには、何度も問うては母乳でいこうという選択が
その度にありました。

正直こんなにおっぱいで苦労するとは夢にも思いませんでした。
しょっぱなから出ばなをくじかれました。
でも、わたしには、必要な最初の道のりだったのだと今は思います。

とはいえ、4ヵ月が過ぎて少し早めに離乳食を始めた今でも、
トラウマ(笑)なのか、おっぱいでは悩みや迷いがすぐに芽生えます。

今回こうして記したことで、
そのトラウマを手放します。
どこかで3ヵ月までにおっぱいで苦労させたから、、、と
息子に対して引け目というか「だから〜なのでは」と、
何か不安が在ると、おっぱいでたくさん泣かせたことを
理由にしてしまいそうになるわたしがあったのですが、
その気持ちもホオポノポノです。
ありがとう、愛しています、ゆるしてください、ごめんなさい。

息子は今を生きている。
わたしも今をいっしゅんいっしゅん生きていきます。
一期一会。
いちご・いちおっぱい。
いちおっぱい・いちえ。
そのたび悩んでそのたび前に進もう。
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