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Author:tuckchickborn>hisano
大川久乃です。

『はたきがけこうしん』(文・大川久乃 絵・下田昌克
こどものとも年中向き/福音館書店/2016年6月号



『キャベツのくすくす』(文・大川久乃 絵・伊藤秀男
こどものとも年少版/福音館書店/2012年6月号



定期購読のほか、
お近くの書店、
福音館書店MO係 TEL:03-3262-1642でご注文可能。



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貴女に贈った『おおきな なみ』

2015.02.27 21:31|絵本や童話のこと
久しぶりに、人に絵本を贈りたくなった。
それは、14歳(15歳?)のあなたに贈ったもののこと。
タイトルは『おおきな なみ』

おおきな なみ―ブルックリン物語おおきな なみ―ブルックリン物語
(1991/08/30)
バーバラ クーニー

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もうすぐ中学3年生になるという貴女は
立派に自分の夢を描き始めている。
それってほんとうにすてき。
ちいさくても確かな一歩を進めている。
それってほんとうに偉大。

今ははじまりのとき。
足元でたくさんの水の泡がうれしそうに生まれたり消えたりして
そのたびにちいさな波が未来に向かってよせている。

もしも今のあなたのこころにはあまりピンと来なくても
いつか、またこの本を手にとり浜辺に立ったとき
かえってくる波ひとつひとつが、あなたが贈った未来への手紙。


この本のなかにある、一節がすき。
「身も心も、じぶんのすべてをはきだして、絵をかくのだ」と。

小さいころから、(兄姉に笑われながらも)「絵を描く人になりたい」と思っていたハティーが
あるとき、歌劇を鑑賞するうちに、自分の生きるべき道に気づくシーン。
ステージでは、女性歌手が、身も心も、自分のすべてをはき出して歌っていた


魔女の宅急便、ジブリので、ウルスラの語るこんなセリフもあるね
「魔女の血、絵描きの血、パン職人の血。
 神さまか誰かがくれた力なんだよね。 おかげで苦労もするけどさ…」



わたしも毎日、書く日々です。


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旧暦新月に据えたもの

2015.02.19 22:51|暮らし
先日教えてもらったザ・自作のお灸台座。
そしてその日のうちに別のご縁で繋がった鍼灸師の方との出会いがあり
メールで色々相談させてもらった数日間ののち
この旧暦元日に初めましてで訪ね、
お分けしてもらったもぐさにて、お灸を据えた午後。
t02200391_0721128013222976805.jpg

せんねん灸は常備していて時々据えたりしたことはあったのだけど
台座手作りとなったとたんにお灸そのものへの愛着と感心の湧きよう。

今日お会いした鍼灸師の先生も、この
小麦粉ときなこと水のみで作る台座はかなりレアだと言っていました。


息子にとってはこの台座作りも粘土遊びと何ら変わりなく
今日また作ったので、こんどは塩ときび砂糖を加えて焼いて食べてみた。
たろちゃんクッキー。

口呼吸

2015.02.19 00:01|暮らし
思い出せる範囲では幼い頃から、
基本、口呼吸だった。
ヨガをはじめてからだいぶ変わってきたとはいえ、気を抜けばすぐに、口ぽかん。

このところ、夜の時間で
とある原稿を書いていることがつづいて
それじたいは楽しんでいるものの
寝付きがすこし悪くなった。

今夜は思い立って、呼吸法のための時間をもったら、
気づきがあった。

わたしの利き鼻はたぶんひだり。
効き目は右。極端なガチャ目で左目は弱視。
そのためか小学生の頃から肩こりもち。

わたしの口呼吸は、この肩の緊張や肩甲骨のつまりを
ほぐそうほぐそうとするものだったんだろう。

めがねっこで猫背だった自分が
いとおしい。
おやすみなさい

「伝えたい」の温度

2015.02.08 20:52|つれづれごと
「伝えたい」
その思いの純度というのが、きっとある。
伝えたい、それは熱をおび
伝えたい、それは夢をもつ
伝えたい、それこそが愛で
伝えたい、それこそがほんとう

rps20150208_170858.jpg

歌を歌い続けたいと願う中学生の女の子
彼女のはじめてのライブに出かけて

完成された楽曲が流れ
歌い手が歌をのせようとするとき
マイクをにぎった彼女の
「伝えたい」きもちがあってこそ
彼女はその楽曲の導き手になるのだと感じた。
楽曲と、聴き手を繋ぐ、歌い手になり得るのだと。

そしてその「伝えたい」の純度が高ければ高いほど
楽曲はもとのそのすがたを変えて超えて
彼女をうしろから輝かせる
彼女のあとから曲がついてくるような
彼女のなかから曲がでてきているような、そんな感じに。


歌い手はきっと、いつか、自分の歌を書くようになるだろう
でもだれかの作った曲でもこういうことってあるんだね

ていうか、だれかがだれかのために曲を書くってのもすごいや。
いや、どの曲どんな生まれの曲でも同じね
聴いた人が「自分の曲」だと思えてしまう
それはなぜって
その曲に綴られた歌詞やメロディに込められた
作り手がのせた「伝えたい」だったり
歌い手がのせた「伝えたい」気もちが
聴き手の、奥の奥の奥のハートに響くんだ、
手渡されてしまうんだ。

世界で一つの贈りものとして
届いてしまうことがあるんだな。


ところでわたしの「伝えたい」は?
ところでわたしのそのものは?

すっかり彼女に触発されて
火がつきました。
ありがとう、すてきな歌を。こころから。
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