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大川久乃です。

『はたきがけこうしん』(文・大川久乃 絵・下田昌克
こどものとも年中向き/福音館書店/2016年6月号



『キャベツのくすくす』(文・大川久乃 絵・伊藤秀男
こどものとも年少版/福音館書店/2012年6月号



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数文字の宇宙

2014.10.01 21:09|書くこと
駆け出しの絵本作家で集まる機会などで、
「これが○○さんの絵なら」「これが○○さんの書いた文なら」
きっと認められてしまうのだろう、などとぶつぶつ言うことはよくあるものだ。
それはきっとどの分野どの業界でもあることかもしれないが
こと絵本の世界において、たとえば1見開きで作家がそこに据える言葉は
わずか10文字に満たないかもしれない。いや、2文字、1文字、0文字という選択もある。

そのたったのたとえば5文字を、「誰が」書いたかなど、
本来の読み手である子どもは気になどしないが
出版に至るまでの若手作家はその5文字のためにどれだけもがくことか。

それは時にぼやきたくなっても仕方がないのではないかと我ながら思う道のりだ。
もしこの5文字が有名な「誰それ」のものであれば唯一無二の「5文字」となり
真理となり宇宙となり、本にするに値する5文字となる、と。

子どもに向かう本であるから、簡単でいいわけでは当然なくて
シンプルさというむしろ至極難関な表現が求められるのは
言葉だけでなく、絵にも言えることであり、シンプルは「真」という意味も帯びる。
「真」とは「本当」「現実」とイコールなわけでもなく
その作品世界の「真」だということは、少々話が横道にそれても書き添えておきたい。

絵本『キャベツのくすくす』出版から2年がすぎてしまった。
同じ頃にこの世に生誕した息子も2才4か月。

出版にむけて動いている2作品のうち一方は、
『キャベツのくすくす』出版以前から動いており
もう一作品は1歳になるころからだったかな、動き出している。
これらの出版予定は再来年以降ということだけは確実なようなので、
『くすくす』4歳まではわたしの出版活動は休業しているようにみえるが
そうではないのでございます。

出産以降=くすくす出版以降もあれやこれやともがいたり執筆したり打ち合わせをしたりして
その貴重なプロセスで、
わたしはいままたひとつの階段をのぼったように感じている。

冒頭の話にもどるわけなのだが、
そのたとえばたったの「5文字」を、唯一無二にするのは作家の名前ではないのだやっぱり。
いや、言ってしまえば作家の名前があっての5文字でも良いのだ。
そのたったの5文字を真理だと言わしめてしまう作家の名前には
何があるかというと、創り上げてきたその作家の所有する宇宙が存在する。
その宇宙から生まれてきた5文字だということが、もう、誰にも分かるというくらいに
その作家が、創ってきたということだ。
その宇宙においてその作家は、いわずもがな神なのであろう。

読書という一時空間、読者がそこに心地よく漂えるだけの
しっかり構築された世界だ。
それを創り上げることのできる作家の腕こそが「5文字」を支えている。

なので、駆け出し作家はぼやいたところで太刀打ちできない。
「はい、そうですよ。これが○○さんが書いたものなら、納得せざるを得ないでしょうね」

わたしはラッキーだ。
そこまではっきりと言われたわけではないけれど、
『くすくす』を担当してくれた編集者さんとの打ち合わせ、というかお喋りのなかで
このことを得ることができた。腹を割って話せたという幸福感はあたたかい。

わたしは筆名大川久乃である。
それは今までもこれからも変わらない。
でも、大川久乃という名前が、人を安心させ納得させられるようにするには
それを目的とすらせずに
ただひたすらに、その唯一無二の数文字にむかって精進するしかないのだ。
宇宙にほころびがあってはならない、ひたすらにストイックでありたいのだ。

と、書きながら、このことすら作家業の目的ではなく
では何なのかというと、今の自分を肯定し、勇気づけ、前進させることのできる、
わたしだけがわたしにいえる「YES」だ。

これを読んでいる方に誤解のないよう、また書き添えたいことは、
絵本においていっとうたいせつなことは、
やはりその作品世界の生命力だと思う。
その力の輝きが強ければ強いほど、
だらだらと書き綴ったこれまでのことをすべて無意味にするほどのこと。
それは才能とも、言えるのかもしれない。ちょっと悔しく書いてるけどね。

ひとつひとつの作品は小惑星だ。
その世界だけに流れる音楽があり、それはどれだけ突拍子もなくても
その世界の真のうたであり、
こちらもふしぎと心地よく、知らないはずがともに踊りだしてしまうよな。

宇宙創造はじまりのはじまり、ビッグバン。
そしてひとつひとつの星が生まれたり消えたりすることは
今この空でも、そして作家のなかでも、いつでもどこかで起きていて
それらは、きっとどこかで繋がった兄弟姉妹にちがいない。

作家はやはり、どこかから、だれかから、受け取り紡いでいるものなのだ。
ひとりのようでそうではないということだ。


11/23に、「くすくすの会」を南大泉図書館の秋のお楽しみ会として開催予定です。
くすくすの会としては、この会でひと区切りとして
声に出すための作品作りからまたちょっと自分を離してじっくり、潜りたいと思っています。

「5文字」は声に出して読むとあっという間に過ぎゆきてしまう一瞬すぎる。
その美しさもおもしろさも愛してやまないのだけれども
2歳の息子との日々があまりにも瞬間濃厚なのと同じく駿足な「5文字」を、
今はしっかり懐につかまえてじっくり味わいたいのです。
それが自分の勤めなのです。
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