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tuckchickborn>hisano

Author:tuckchickborn>hisano
大川久乃です。

『はたきがけこうしん』(文・大川久乃 絵・下田昌克
こどものとも年中向き/福音館書店/2016年6月号



『キャベツのくすくす』(文・大川久乃 絵・伊藤秀男
こどものとも年少版/福音館書店/2012年6月号



定期購読のほか、
お近くの書店、
福音館書店MO係 TEL:03-3262-1642でご注文可能。



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    名に「久」のつく女児の愛称

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「豆」展のおしらせ

2011.08.31 23:29|tuckchickborn
豆をテーマにした展覧会「豆」展に参加します。
それもええことの久々合作、tuck chick bornとしての展示は
かなり久しぶりです。
ぜひいらしてください。

」展
会期:2011年9月7日~12日(月)
   9日(金)と11日(日)夜にイベント(豆パフォーマンス)あり。
会場:江古田・Cafe FLYING TEAPOT(西武池袋線江古田駅・歩5分)
   東京都練馬区栄町27-7 榎本ビルB1

主催:村井元赤飯堂

赤飯堂こと小関セキさんがやはり主催の
この町茶会
わたしもここの「この町」カテゴリーでさらりと書きました。

セキさんに出逢い、この茶会のための話し合いをし、
もちろん記念すべき一回目から参加するつもりだったのですが
勝手な事情で、当日、わたしは参加できませんでした。

でも、セキさんから当日の様子を聞かせてもらったり
ブログを拝見して、
ほんとうに、一歩、すすみはじめたんだなーと感慨深く。

わたしはこの日、岩手へ行っていたわけですが、
被災地で、一番強く感じた「自分の生活を生きること」への実感は
この町茶会への想いとも繋がっていて

そういうものなんだと思ったりしています。

わたしは今なんとなく、うちにこもっている感じで、
うちにこもりたい感じなのですが、
それもきっと、
そういうものなんだと
ぜんぶつながっているんだと感じます。

昨日、「EXIT THROUGH THE GIFT SHOP」という映画を観てきました。

ストリートアーティストのバンクシーが監督で、
彼が、本編の中で、さらっと言っていたことなんですが
彼らの作品は、明日になれば消されてしまうことがほとんど。

この映画を見て、笑ったりむかついたり、とにかく面白がりながら
自分ってじゃあなんだろうって思ったりもした。

この映画を教えてくれた山口さんと話していて、
ふっと思い出したのが、
この町茶会のために(?)、「エンデの遺言」を少しずつ見ているのだけど、
エンデは言っています、
この世の中にあるものは、有限のものばかり。
限りがあることが自然。
でも、お金、貨幣は、無限。
人間は、無限のものを作ってしまった・・・

限りがあることが自然。
変化して当然。


今は篭る時期。
でもずっとじゃあない。

セキさんに会いたい。会わなくちゃ。
そして聖ちゃんとの約束も。
茶福楼にも行きたい。
9月に。
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空洞を進む

2011.08.29 14:13|ヨガ
自分に迷い
自分を迷う
自分で進んで迷っている

↑数日前に残した書きかけメモ。


濃厚な2日間。
ブルーガーデンでフランシスマヤライブ。
そのあと中目黒に移動して、知人の個展ふたつ。
さらに恵比寿まで歩いて、traumarisでイベント。
翌日はcimaiのスペースshureでヨガのイベントに参加した。
そのすべてを、ひろとともに満喫した。hiromi nomurajima


ブルーガーデンで、ナオヨガをいっしょにとっていた
友人にもあえて、久しぶりーと話をした。

わたしはこのところ、すごくまたヨガを求めている。
毎日の足マッサージと太陽礼拝はほぼ習慣になってきたけど、
その中身が、希薄になってきている感じがしていた。
呼吸が深まらない。
スタジオで濃い時間のなかでヨガをしたい。

ぜんぶ自分次第だとは思うけど、
スタジオで、先生や仲間とつくる集中した空間でやるヨガは
そのあとの自分をも創ってくれる。支えてくれる。

でも、久しぶりに会ったヨガ仲間と
フランシスマヤちゃんの想いのつまった歌声を聴いているうちに
気づきがあった。

わたしは、ただ、また変化したにすぎないんだ。

前の、いい感じだった時間に戻る必要はない。
ただ、また、前を見て、足を着けて、流れてみよう。
当たり前の、変わっていく時期。

TS3U0174.jpgベランダのワイルドストロベリーが新しい葉をぐんぐん。花もつけていた。
風が確かに変わって、秋の気配だ。
第四十一候/七十二候「天地始めて寒し」処暑の次候 

そうしてshureでのヨガ。ほんとうに良かった。
涙が出そうになった。
わたしはいつのまにかこんなにもヨガを好きになっている。
と思ったけど、ちょっと違う。
こんなにも、自分の身体を好きになっている、ということだろうな。
ヨガをすると、本当に心地が良い。

ひろを送り、実家へ。
わたしの実家の目の前は公園なのだけど、
ぐうぜん、お祭りの日だった。
去年から、開催されているらしく、
小さい規模ながら、たくさんの人が集まっていた。

こんなにも嬉しい眺めはないなぁと思う景色だった。
TS3U0169.jpg

今日は、実に、ひと月ぶりの、予定のない日。
さぁ、この空洞を楽しもう。
なんてすばらしい今日なのだろう!

岩手県大船渡市 訪問記録3

2011.08.22 20:59|暮らし
訪問記録1はこちら
 訪問記録2はこちら

自然の深いところに滞在して帰ってくると、
東京の景色に違和感を感じることがあります。
今回は、どうだろうと、正直少し心配していました。
でも、何か、ちがかった。
わたしには違いました。

同行の皆さんを新宿渋谷エリアでおろし、
渋谷のスクランブル交差点を通過。
いつもなら、人混み嫌だなぁと感じるばかりの場所なのに、
「ここが自分の暮らしている東京で、
 ここは、あの、岩手と繋がっているんだ」ということを
何か、こう、腹ですごく納得しました。

よく言われることだけど、
自分ができることは、自分の地で、生活することだと
改めて、感じました。

今回の旅の足に、わたしの実家から車を借りていたので、
そのままもう一度、東北道の端っこの、埼玉へ向かいました。
そして到着した瞬間、
津波被害にあった地区で見た景色を思い出し
言葉にし難い、強烈な恐怖を感じました。

わたしが見た景色は、わたしがはじめて訪れた場所のものです。
今それが現実ではあるものの、そこの「いつもの」景色ではなかったのだと
生まれ育った街が、改めて、わたしに教え刻んでくれました。

いよいよようやく、今わたしが暮らす東京に戻ってくる
1時間の車内で、久しぶりにしみじみ音楽を聴きました。

そうして、今度は、福島の原発の問題で
生活を奪われている人々のことを思いました。
今まで感じたことのないくらい、怒りをもって感じました。

原発のことは、ほんとうに、ひどい。
家も畑も田んぼもそこにあるのに、手放すことの
むなしさ、悔しさ、哀しさ、さびしさ。
生活をうばわれては、復興どころではないではありませんか。

声を大きく挙げることもせず、電気を使いたい放題だったわたしも
もちろん、ひとりの加害者です。
でも、だから思いました。

わたしはまだまだ若い。
そのぶん、力もないかもしれないけれど、
わたしには、書いて伝えるチャンスがある。与えられている。
だから、新しい日本を作るために、
わたしも精一杯、自分を整えて、高めていこう。
そして、書いていこう、ぜったいに。
そう、思いました。


さいごに。
この旅の目的がもうひとつ。

長年欲しがりつつも手の出なかった南部鉄瓶を
今こそ現地で買うこと。
岩手のさいごのさいご、地元の人にも教えてもらって出逢えました。

TS3U0167.jpg どっしり! 一生大事に使います。

岩手県大船渡市 訪問記録2

2011.08.22 20:43|暮らし
訪問記録1はこちら

わたしの隣でLife Stripe作りをされていた
現地の方は「3.11の一日を作る」と仰っていました。
わたしが聞き耳を立てるのも、ここで報告するのも、
なんだかお門違いだなと思うのでやめますが
被災されたその方が、その日を彩るとき、
津波が去るのを待った時間だけは空白なのだと
仰っていたのが忘れられません。

このワークショップ、地元の方がたくさん参加されていたようです。
ご自分の生まれた日を想像して作った人、
結婚記念日を思い出しながら作った人、
みんながたくさん笑って作っていたのが嬉しかったと
SPREADのおふたりが教えてくれました。

アートを通して見る、またはアートが見せてくれる
己の人生・時間というのは、
その人を新たに作る力になるのですね。
人は、自己肯定して生きていくのだと思うのだけれど、
なかなか、じょうずにできないことも多いのです。


201108202.jpg 201108203.jpg 201108204.jpg
このやっぺし祭り行きにどうしても便乗したいと思った理由に
「鹿(しし)踊り」の演目が予定されていたこともあります。

わたしは岩手の七頭舞という踊りに魅了されているのですが、
はじめて七頭舞を見た頃、改めて、宮沢賢治の作品に、
「鹿踊りのはじまり」というお話があることを思い出して
あーぜひ、賢治が魅了されたというその鹿踊りも見たいと強く思っていたのです。

今回その思いは叶って、
さらに、花火や、ファイヤーダンスも本当にすばらしかった。
この夏、さいしょの花火。そしてたぶん、この夏さいごの花火だったかと思います。
201108205.jpg
花火は、きっと、本当に、誰もが、同じになって見ていた。
地元の人も、各地から集まった人も、大人も子どもも、
そして、今、生きている人も、亡くなられた人も。
見ていた。

花火は、日本の夏ですね。やっぱり。

夜は、公民館を借りて、寝袋でみんなで雑魚寝。
夜中に地震がありました。あとで調べたら震度2だったみたいだけれど、
寝ていたからなのか何なのか、あの地鳴りはとても怖かった。
聞いたことのない地鳴りでした。

翌日、大船渡をあとにしてから、
陸前高田、気仙沼の、被害に遭った地区を見てまわり
一関からまた東北道で戻ってきたのですが
本当に、言葉に代えることはできません。

テレビや新聞で見ていた光景が、本当に広がっていて、
まだまだ水の引かないところもあれば、
草や花が生え育ち、緑が広がりきっているようなところもあるのです。
よく報道でも聞いていたけれど、津波の被害は、
本当に紙一重、一区画の違い、曲がり角ひとつの違いで、
すっかり何もかもが流され潰され失われてしまっている。
時折、そういう光景の中に、お婆さんが歩いていたり、
年配の男性が立っていたりしました。
これから捜索活動をするのかという消防団の人たちも見かけました。
すぐ目の前まで津波でさらわれたという立地の工場が稼動して、
働いている男性も見かけました。
畑も、田んぼも、見ました。
「これは海水だから、車で入らないほうがいい」と声をかけて
くださったおじいさんもいました。
ただただ、見て、通り過ぎていくことが、やはり、胸が痛かった。

これが、被災地なのですね。
ほんとうに、ほんとうに、わたしが見たのはほんの一部で、
ほんの一瞬。
ここまでの5ヶ月があり、これからの未来がある。

それでも、
鬱々と見ていたテレビでの映像は、
現実に見るほうが、もっと悲惨で、過酷で、でも、強さもあると感じました。
なんというか、生きていくのです。
生きているのです。
生活があるのです。

それが今回の旅で一番強く感じたことでした。

どんな活動をしても、しなくても、訪れた者にとってそれは「経験」。
でも、現地で生きている人にとってそれは経験を越え「生活」なわけです。
あたりまえのことかもしれないけれど
わたしはそれを強く感じた。

復興は、祭りではどうにもならず、
復興は、生活が復興することで、
また、生活することが復興を作る。

たくさんの経験が、それを支援するでしょう。
その経験は、種になって、また様々な地に蒔かれもします。

でも、復興は、生活が一番の真ん中にある。
目的も、手段(エネルギーとなるもの)も、どちらの真ん中にも。

それを強く強く感じて、
そして、また片道7時間、車で、地面を感じながら、
しっかりと、東京へ帰ること。
同じ道で繋がっていることを、自分に刻みたいと思う帰路でした。

訪問記録3へ続きます。)

フランシスマヤも参加する「希望の種」プロジェクト

岩手県大船渡市 訪問記録1

2011.08.22 19:37|暮らし
岩手県大船渡市で開かれた「やっぺし祭り」に参加する
アーティスト一行の旅に、わたしも便乗し、行って来ました。

炊き出しの手伝いでも、祭りとは別行動で瓦礫撤去の仕事でも、
自分にできることがあれば、ともちろん思っていたけれど、
何かしようという気持ちよりも、
ただただ、行きたい、行かせてもらいたいという気持ちでした。
行くと決めたとたん、あれこれ悩んだりあわてたりもしましたが、
連れて行っていただく方々にまず迷惑をかけないように
その場の流れに従うことにしました。
そして結局、私は本当に、祭りの一参加者として
祭りを楽しみました。
往来の車で、大船渡、陸前高田、気仙沼も見てきたので、
わたしの経験を報告したいと思います。


東北道をわたしの生まれ育った街を超えて、岩手一関まで、
東京から休憩を挟みつつ5時間の道のり。
更に一関から国道を2時間。緑の濃い山道も越えて、
ライブやワークショップを予定している
大船渡市のとある河川敷、やっぺし祭りの会場へ急ぎます。
市内の被災した地区は、突如現れて、
その光景に息を呑みながら、先を急ぎました。

地元の方とアーティスト、各地から集まるボランティアが作る
このやっぺし祭りに、今回
SPREADのおふたり(アートプロジェクトLife Stripeのワークショップを開催)と、
フランシスマヤ遠藤康之(gt)ライブを
コーディネートしたのがTRAUMARIS主宰のアートライター住吉知恵さん。

「やっぺし」という言葉は、地元の言葉で、やろう、やるしかないというような
意味の方言だそうで、
出店ブースはどれも様々に、笑顔や、ホッとした空間を作っていました。
地元の子どもたち、家族連れ、お年寄りもいらしていました。
201108207.jpg

わたしも本当にほとんどのブースを満喫し、
カフェスペースでお茶をしていたときに
近所からおひとりでいらしていた50代位の女性とお話をしました。

「最近、なんとなく気が落ち込み気味だったから、ありがたいわ」
とお話くださって、
わたしは、何も言えず、ただ、ほんの少し、
なんとなしに、本当に、なんとなしに、肩が触れ、手を握らせて頂きました。

そのあとLife Stripeのワークショップを終えた
その方とまたすれ違い、「やってみたの」と嬉しそうだったので、
お忙しいSPREADのお二人の、お手伝いをするどころか
わたしも!と、Life Stripe作り。
「ここ、大船渡市に来る、前日の一日」をつくりました。
201108201.jpg
Life Stripeとは、一日の行動を21色のカラーに置き換え、
それらを24時間の時間軸に沿って記録することから生まれる「生活の模様」です。

  /Life Stripeのウェブサイトより引用


訪問記録2へ続きます。)

考え続けること、なのだと思う

2011.08.13 21:30|読んだ本のこと
鴨下知美 夏の器@knulpAA gallery
tomomikamoshita110804.jpg

夕立がきそうだったので急ぎ足ででかけた。
目当てはご飯茶碗。

もうなん数ヶ月前にも、このお店で、この作家さんの茶碗を見ていて
(茶碗を探していました。そのころ、急須も欠けさせたばかりだったっけ)
せんじつの「Fairy Tales」でも、常設されているそれに再会し手にしたとき、
店主の町田さんが、
この作家さんの個展が今度あるからと再訪をすすめてくださった。

そして、
けっきょく、やっぱり、ずっと気になっていたものが一番しっくりきて
選ばせてもらいました。

TS3U0162.jpg

うれしい。とっても。

ひさしぶりに物語のなかに入る覚悟、
というと大げさなのはわかっているけれど、
活字に埋もれすぎだと少し離れて
もう一度、本の虫に戻るとき、様子を伺いながら歩を進める
というようなことが、わたしにはよくある。
比較的、すっかり潜ってしまうところがあって
自分でそれを良く分かっているから。

そして、それこそ、読みふけった。
じつに一週間で、2冊。
あいだにどうしても3日は空間が必要だから、
一冊を2~3日のペースで読んでしまった計算になる。

この忘れられない夏に、ふさわしい深い縁、いや、本でした。
たまゆらたまゆら
(2011/05)
あさの あつこ

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僕は、そして僕たちはどう生きるか僕は、そして僕たちはどう生きるか
(2011/04)
梨木 香歩

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ようは、考え続けること、なのだ。

物語のこととこの町のこととコナンのこと

2011.08.08 13:55|この町
8月8日、立秋です。残暑お見舞い申し上げます。

暮らしのなかにある近所の神社で、
すてきな縁が作るお祭り「ちゃが馬七夕」がありました。
フランシスマヤ+遠藤康之も神楽殿ライブへ出演。
雷鳴や稲妻の共演もあったけど
彼らの演奏のときは雨はほとんどやんでいました。

私自身もいろいろな人に出会い、
たいせつな一日になりました。

練馬に古くから伝わるちがや馬を作るこの七夕行事も
豊作や無病息災が祈られるそうです。
稲妻も、その名の由来をたどれば、豊作祈願があり
このお祭りに雷様が来てくださったのは、
それはそれでありがたいことなのだったと思えたり。


先日までknulpAA galleryで開催されていた「Fairy Tales」
とてもすてきでした。
fairytale1107212.jpg

少し前に小関セキさんに出会い、初対面で交わした話題のひとつは
「物語」について。
こういうタイミングでセキさんに出逢い、
物語、おはなしのことについて考えたり、ディープに話せたのは
とてもすてきなことでした。

Fairy Talesは、妖精のお話、おとぎ話という意味を超え
子どものつくうそ、という意味も明記されている辞書があると
知りました。

Marchen ドイツ語のメルヒェン、メルヘンにも、
そもそも、寓話、伝説、小さい話という意味があり、
日本語でとらえている、ロマンチックな、とか、おとぎ話という
だけの意味では本来せまいのだと、そうではないのだと、
学生時代に授業で知ったとき、ほんとうに嬉しかったものです。

「うそ」や「物語」は現実に内包されていて
虚構も現実を内包している。
光と影という関係ということでもなく、
うそのない現実のほうが、現実味がない、という感じ。
どんな人も、自分のリアルと理想の狭間にこそ立って、他者と接している。
そこにこそ、その人の、素直も努力もまたもがきのようなものもある気がします。

現実の輪郭を沿ってみることは、
その対象のFairy Tales=内側を、照らすこと。
光りだすのは、あくまでも、その者自身であるのだから、
写実はあくまでも、写実を超えない。
それでいて、うそが自然発生する写実。

語り。
物語り。


語りというか、おしゃべりの集いです。
上石神井の「ちょっとしたcafe」にて。
この町茶会
koseki110808.jpg


未来少年コナンのDVDを借りて観ました。
大人買いならぬ大人観。
1978年、わたしの生まれた年に放映されていたようです。
宮崎駿監督作品。
ぜひ今こそ。
未来少年コナン 1 [DVD]未来少年コナン 1 [DVD]
(2010/01/27)
小原乃梨子、信沢三恵子 他

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耽る

2011.08.02 23:18|つれづれごと
耽る
深ける
老ける

おなじ音。
ふける。
吹ける。

去年はおおいにわたしはふけた気がします。
とてもいい一年で
こんごの人生の楚にもなるような
それはいつもそうなのだけれど
とても大切な一年。
げんじつ、白髪が・・・

でも、むしょうに大切で、抜きはせず、
自分の一部にしています。


今日は、ふるいおともだちとの集まり。
cafe la famille
みんなほんとうにぃすてきなのです。
画家、パン屋さん、紅茶教室主催のひと。
5時間!
話して笑って食べてしているうちに、
はたと気づきました。
なんか、話題が、老けたよねぇ(笑)って。

それがこわくなくなってきたのもどうか?!
でも、
みなさんがいつもそこを歩いていてくれるから
変化もまたたのし。

耽る
深ける
口笛吹いて

***

cimai
oeuf「お茶時間
mahoroba「horiguchinaoko
Hiromi Nomurajima
tricoter (今日は不参加だったけど!)
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