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大川久乃です。

『はたきがけこうしん』(文・大川久乃 絵・下田昌克
こどものとも年中向き/福音館書店/2016年6月号



『キャベツのくすくす』(文・大川久乃 絵・伊藤秀男
こどものとも年少版/福音館書店/2012年6月号



定期購読のほか、
お近くの書店、
福音館書店MO係 TEL:03-3262-1642でご注文可能。



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光のほうへ~要くんのコンサート

2011.04.25 18:27|つれづれごと
日曜日、友人でピアニストの丹原要くんのコンサートへ出かけた。
場所は「光が丘美術館
とてもすてきな場所でした。

桃色の光線が像の頭からひゅーっと出てるように見えるのは偶然。
ガラスケースのような額に、ポスターが入っているのです。
TS3U0107.jpg
題して、光が丘春の美術館コンサート

八重桜の花びらに出迎えられたその日、
光が丘はほんとうにすばらしいお天気でした。

要くんは、友人金刺美穂を介して知り合いになったのだけど、
東京学芸大学G類卒日大芸術学部修了だとかなんだとか
あとフランスなんとかコンクールで関西で一位になったとか
すごい人なんだけど
「コンサート」という場を作ることにも意欲的で
言葉とか映像とか、「メロドラマ」というジャンルに関心が高く
わたしも何度か一緒に舞台に立たせてもらいました。

で、今回は、
絵本でも有名な
はなのすきなうし (岩波の子どもの本 (11))はなのすきなうし (岩波の子どもの本 (11))
(1954/12/10)
マンロー・リーフ

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の、牛のフェルディナンドのお話しを、語りとバイオリンの演奏でやるというのがあって
とても楽しみにしていましたが
これがほんとうにすてきだった!!
バイオリンって、ほんとうにすてきな楽器だなぁ。
で、このプログラムで要君のピアノはお休みだったけど、
その前後では彼の大好きという曲がピアノソロやバイオリンとのデュオで
たくさんたくさん奏でられ、
平家物語の屏風作品に囲まれた空間の中とても心地よく進行していきました。

そしてアンコールのアンコール、
要くんは、尾瀬の思い出を語り、3月11日の大震災と、
その2週間後に花開いた桜、そしてさまざまな想いを語り、
「夏の思い出」という曲をみんなで歌いたいと言いました。

音楽や、とくに歌うということは、
たとえば「夏の思い出」なら「夏が来れば思い出す~」という歌詞を、歌う、ということは
歌うことで流れ出す時間を、前に進むと、決断して進むこと
というふうに話してくれました。

だから最後に皆さんにも歌ってもらえたらなと思って、と。

そしてピアノとバイオリンの伴奏とともに
みんなで歌いました。
それがとてもよかったのです。

震災後、
季節は確かにそれでも進み
わたしたちも毎日をあわただしくもそれぞれのリズムで
そのほとんどを取り戻しています。

それをいいとかわるいとかなんて誰もいえないし
そういうことじゃあない。
でもみんながこころの中で迷っている。
それでも、今日は確かに進んでいる。
花は咲くし新緑は芽吹く。
愛おしい命の営み。
忘れるのではなく
留まるのでもなく
共に。
TS3U0106.jpg

***
インフォ
「わたしたちに今できること」
*みんなでキラキラ倍増計画*
2011/5/4 @SHIZEN YOGA


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花にまつわる雑記

2011.04.23 18:21|つれづれごと
小雨降る中、小花が咲く小道を歩いていたら思い出した。
まだ実家暮らしだったころ、
日々、駅に向かって歩いた道に、
いつも「いのちの名前」(千と千尋の神隠し)を弾くピアノの音色が
漏れ聞こえてくるお宅があった。
そのおうちはお庭の草花がきれいで
あるとき、咲き終えたハナミズキの木に、
七夕の短冊のようなものが揺れていた。
そこには、
「きれいに写真を撮ってくれてありがとうございます」
とあった。

たぶん、わたしと同じように、毎日このお宅の前を通るだれかが、
あんまりにもハナミズキが綺麗だったので思わず写真におさめ、
そしてあんまりにも写真も綺麗に仕上がったので
名乗ることなく、それをポストに投函するとかして
家主にささげたのだろう。

家主も、それをうれしく思って、
こんな風に、花の終わった木枝に、お礼の気持ちを書いた札を
ぶら下げて、そのだれかの目に留まることを祈ったのだろう。

それを見たわたしまで、ほんとうにほんとうに
やさしい気持ちになったものだったよ。


桜がすっかり葉桜になり、
新緑の季節。
すると小さな花たちがわれもわれもと咲き、街を彩る。
ほんとうにうれしい季節だ。

そんななか、
小さな、あれは、なんだろう、バラ類?かなぁ
いつも、子どものとき悩まされたじんましんを思い出す
黄色い花があるんです。
今年も見つけて、「あ!」って。
ほんとうによく似ているというかなんというか。
すっかり、じんましん出なくなったので、うれしいんです。
あの、薄い黄色と、つぼみと花のバランスと、
花の花弁の密集度と、ふわっと開いて咲く感じじゃなくて
すぼまった感じが、唯一無二な感じです。


ところでハナミズキって、咲く前もほんとうにかわいい。
手の指をふわっとすぼめて、
爪の先を寄せ合うように、
そうそう、こぶしじゃあなくて、
爪の先を合わせて手でふんわり丸を作ったみたいな
そんなつぼみ。
それが指をぱっと開いたように、咲く。

八重桜もきれい。

七重八重。
母の想いは七重八重。

なんやようわからないけども
八重桜やつぼみのハナミズキが、
母の日を迎えるころなのは
神さまにもきっとお母さんがいるのかもしれないなんて
思えたりするわたしです。


1c2dd0b28fa0aefaad53b110_L__SL500_AA300_.jpg
やせたぶた 面白かった絵本!



「みんなでキラキラ倍増計画」

2011.04.21 13:42|書くこと
ナオ先生(SHIZEN YOGA)のイベントがあります。
題して
「わたしたちに今できること*みんなでキラキラ倍増計画*」
     
5月4日みどりの日(新月)19時~21時

参加費は無料で、寄付制。
集められたお金はすべてNPO法人
AMDA
Peace Winds Japan
を通して東日本大震災被災者支援のため寄付されます。

内容はいたってシンプル
「ヨガとチャンティングで生きてる喜びを世界に放とう!」
ということです。
詳細はこちらSHIZEN YOGA ブログへゴー。

***

今回もポスターを描かせてもらいました。
わたしは決して絵描きじゃないので、ポスターを描くことはいつもチャレンジです。
でも、技術も欲もない分、けっきょく、描きたいように描くのみで
ナオさんが「ちゃあに絵を」と頼んでくれるのは、
その部分で描いた絵だからなんだろうなとも思います。

昨日一日ずっと絵を描いていました。
久しぶりに絵筆をにぎって
前よりもずっとずっと楽しかった。

私は子どものとき、まわりからは絵がじょうずと言ってもらえる子で
でも美術とか図画ということになると不器用なのでてんで駄目で
不恰好なものしか作れませんでした。
決して器用なアーティストタイプじゃないし、
それは今の自分の絵を見ても、描いていてもよくわかることです。

でも、わたしは、そこが自分らしいとも思う。

わたしは絵を描くとき、
まずパステルで、画用紙の上に、
絵が生まれてこれる土壌を作るつもりで色をぬります。
今回は、エネルギーの黄色と、愛や優しさの赤。
愛に囲まれて、エネルギーがのびのびと存分に放出されるように
イベントそのものへの祈りもこめて。
そして、地球や空や海、
それから木と大地のつながりとか、
人も、地球や海から命をもらう「自然」の一部であることを、
色の重なりとかで、表そうとします。

このところ、般若心経を読んでいて
そして前よりずっとずっと絵本のことを考え、書き、繋がっていて、
思うのです。

文、言葉においても、
わたし、このままでいいんだって。

ここ5年くらいの間で、
ヨガをして、頭人間だったのが少し体も使う毎日になり、
言語化できない舞踏や、絵や、音楽に魅せられ、
「書」にも出逢い、たくさんのきづきがありました。

そしていつも、
言葉の限界、文章表現における苦しさを感じ、
だからヨガや、絵なんかで、救われることがたくさんありました。

でも、
少なくとも絵本における(わたしの務めの)文・言葉は、
「説明文」ではないわけで
絵本のいのちにかかってくることだと思っています。

たくさんの思いや祈りや念を、おなかに抱えて、
ストーリーを象り
限られたごくごくシンプルなことばに昇華させる作業は、
わたしのなかで絵と同じように
あるがままに、
格好つけずに、
その一音一音の言の葉に載せて
ゆけばいいのだと
なんだか思います。

おどるポンポコリンの動画をyou tubeで見て
つくづくなんのこっちゃと思いつつ
なんだか、
自分のやろうとしていることは、こういうことだと
すごく尊く思えました。

お釈迦様も、イエスキリストも、著書を残さなかった。
経典はどれも、後世の、弟子たちが書き編纂していったもの。

わたしは、
・・・聖書を書くんだだなんて、実は思っていました。
同時に、
自分にしか書けないものなんて、この世には一語もないし、
あったとしても、そんなの世界にとって意味がないと思っていました。
ここのところの苦しみは、
そう思っているのに、尚も、書こうと、書かなきゃと思っている
頭の声が、苦しみなのでした。

わたしが読んでいる般若心経は、
色即是空 空即是色といっています。

今のわたしには、
空もまた色であるということこそが響きます。

なんだかまとまらないけれど
何を書いてもいいのだと、思えるのです。
ただし、なんでもありの世界なのではなくて、
私の真ん中から咲く言の葉を。
空であることを飲み込みながら、自分の真実を。
空である真実
空である真ん中で
きっと、
聖書も仏典もおどるポンポコリンも
同じことをみんなで一緒に歌っているのかもしれません。

***

ところで先日見た
MOTアニュアル2011 Nearest Faraway|世界の深さのはかり方
で、池内晶子さんという方の作品世界
とても素敵だったなぁ。

わたしの糸とあなたの糸と

2011.04.18 14:04|書くこと
TS3U0092.jpg布ぞうり、完成。
十年近く愛用していたジャーナルの珈琲豆柄のパンツを、
裁断して。って・・・ほとんどだんなさんが作ってくれましたけど!


なんとなく、自分の中で糸と糸が、
歯車がかみ合ってきた感じがします。

読んでいる本の中に、
このところの自問の答えがあったりすると
あぁと思うし。

今日は震災後はじめての絵本の打合せがあった!
がんばるぞ。。。。
純粋なきもちで。そこにこそ鍛錬あるのみだ。
ほんとにほんとにほんとに。
あとはあるがままに。

編集の方から、岸田衿子さんの訃報を聞きショックだった・・・
知りませんでした。心よりお悔やみ申し上げます。
かばくん (こどものとも絵本)かばくん (こどものとも絵本)
(1966/12/25)
岸田 衿子

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瀬川康男さんとか昨年末の佐野洋子さんとかもそうだけれど
ありがとうございましたと、伝えたい人たちが亡くなっていく。
(伝えたいなんておこがましいのは重々承知。でも、伝えたいと思ってた。
 絵本を好きになってよかったです。ありがとうございました)
でも、でも、
わたしもがんばるしかないのだ。
「あの人」が奏でる希望の歌を、わたしもわたしの歌を奏でてみせる。


真理さえも空である。
ということの、以下、覚書。

現代語訳 般若心経 (ちくま新書 (615))
一、「般若心経」(大本)の訳
*文字によって失われるもの*
p,126より引用

言葉というものが、どのような状況で誰に向けられたものであるかを
抜きに一般化されて伝えられるべきではない、という考え方。
(中略)
表情や声の響きその他、音声言語には文字には写しとれない
豊かな情報が含まれているということです。

むろん人々も、真理の言葉は聖者の口を通した響きとして
初めて「いのち」を宿すと考えています。
弟子たちは、それぞれ自分に向けて発せられた言葉を、
その響きのままに覚え込もうとしているのです。
だからこそ、彼らは「声聞(しょうもん)」と呼ばれるわけでしょう。

いわば、真理は常に誰かに向けられた聖者の言葉に宿るのであって、
万人向けの一般的な真理というのはあり得ないということです。




   P1030592.jpg P1030590.jpg

ここでいう聖者というのは、本気であれば
自分にとっての大切な誰か、ということに置き換え可、だと思う。

つれづれに、

2011.04.14 00:24|つれづれごと
今日は東京都現代美術館へいってきました。
展示もさることながら、木場公園の桜や菜の花やもみじの新緑や
やまぶきが、青空が、吹く風が、すばらしかった。
TS3U0095.jpg

その後、ふらりと誘った友人と(この「ふらり」が本当に嬉しいことよ!)
茶福楼へ。地震後はじめて。
オーナーは地震後、生命線が濃くなったらしいって。
かっこよすぎる。
先週、気持ちがぐらぐらで、でも、茶福楼へ行こうと決めたら
なんかすでに元気になってしまって、
やっぱり、わたしは、この茶福楼がありがたい。

夜は吉祥寺でひとりごはんをしにお店へ入ったら
ヨガ仲間がお茶しててすこしご一緒したあと、
さらにそのままひとりを過ごした。

たくさんの迷いを、想いを、気持ちを、胸に。


ここ1~2年位で般若心経の本を数冊読んでいます。
実家のお寺の宗派は、般若心経を唱えるので、子供のときから馴染があるのです。
それを、知りたいと、思うように、なっています。

読んだ順に・・・

自由訳 般若心経自由訳 般若心経
(2005/12)
新井 満

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ハワイアン・マインドハワイアン・マインド
(2006/09/21)
北川ジョージ法航

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        ※副題が「マナと般若心経と」

で、今は、すでに数週間かけてこれを読んでいます。
アミターバ―無量光明 の玄侑 宗久さん著。

現代語訳 般若心経 (ちくま新書 (615))現代語訳 般若心経 (ちくま新書 (615))
(2006/09)
玄侑 宗久

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たくさんの「わたし」を胸に。
でもそれもすべてが空であるのだなと、読みつつ味わいつつ。

『ぼくに きづいた ひ』

2011.04.11 22:04|絵本や童話のこと
ぼくにきづいたひ (おはなしパレード)ぼくにきづいたひ (おはなしパレード)
(1995/07)
杉山 亮

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4.11 地震から一ヶ月の今日、また大きな余震。
わたしはトムズボックスに入ろうとしていた。

4月にはトムズボックスで片山健さんの展示をする。
ことしもそれを見に来た。


揺れがおさまるのを待って、
外に出てきていたお店の人たちと少し言葉を交わしたりして
店内へ。

展示作品を見て、陳列された片山さんの手がけた絵本を見て
そして
まだ読んだことのない一冊を見つけた。

『ぼくに きづいた ひ』

絵本を見て、涙が出るのは久しぶりだったように思う。
涙の意味はよくわからない。
感動とはちょっと違う。
切なくて恋しくて大切でという感じ。

今日をわたしは贈り物だと、思った。
地震も桜も誰かも何も関係なく
わたしの、今日のストーリーだ。
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