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Author:tuckchickborn>hisano
大川久乃です。

『はたきがけこうしん』(文・大川久乃 絵・下田昌克
こどものとも年中向き/福音館書店/2016年6月号



『キャベツのくすくす』(文・大川久乃 絵・伊藤秀男
こどものとも年少版/福音館書店/2012年6月号



定期購読のほか、
お近くの書店、
福音館書店MO係 TEL:03-3262-1642でご注文可能。



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トリトマに、たちどまり。

2009.06.30 09:00|暮らし
近所の農家の、広いお庭の奥の方に
ある夕暮れ、ぼんやり浮かぶ
背の高いだいだい色の灯籠のようなものを発見。

遠目に、どうやら植物だということは分かったけど
すごくふしぎで、妖しくきれいで気になった。


週末の昼下がり、通りかかるとおばあさんがいらしたので、
あれは何て花ですか? と聞くと、
見ていって良いよーとお庭へ入れて下さった。

090628_1134~01 これ。

トリトマ」という、南アフリカ原産の植物だった。

1メートルはゆうに超す背の高さ。
近くでみるといがいがしていて、
灯籠がぼんやり点ってる印象とはぜんぜんちがっていたけど、
暑い国の花らしいきれいな花だった。

「切っていって良いよ」とハサミを渡してくれたけど、
どう花瓶に生けたらいいか分からなかったので遠慮した。

あすこ遠くにぼんやり在って、通る誰かのこころ、そっと灯しておくれね。
おばあさんありがとう。


暮らしのメモ、さいきんのお気に入り。

ルンバのルンちゃん

お掃除ロボ「ルンバ」+「はたき」でのお掃除スタイル。
布ナプキン。
布ぞうり。

良いです。
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行きて戻りてたゆたう物語

2009.06.29 08:03|絵本や童話のこと
おつきゆきえさんの、宮沢賢治朗読会に参加した。
弓月の晩、わたし自身だいすきな自由学園明日館にて。

090626_2021~01

読まれたのは、
「序」はじまって
「手紙四」
「双子の星」

「手紙四」は、初めて聴いた掌編だった。
妹トシの最期のときのことだ。

-あめゆじゅとてちてけんじゃ-

耳の奥や唇になじみ深い、賢治の詩「永訣の朝」を
また違う光の当て方で聴いているようで、さみしくてはかなかった。

でもなぜだろう、いつも賢治の作品には、
生きることそのものが含む死の、静かで情熱的な姿も感じる。
立ち向かうしかない、死にも生きるも進むしかないという、生の本質的なもの。
それは凛としていて美しくもあってたくましい。

そのなかで、何を求めようかという、賢治の優しく真摯な生き様も見える。


「双子の星」は、賢治の初期の作品だと知った。

チュンセ童子とポンセ童子。
その名前は、手紙四に出てくる幼い兄妹の名前そのもの。
くりかえしくりかえし、賢治が、じぶんとトシの命の物語を
作品に込めてきたことがわかる。
もうそれが、賢治の創作の欲求でもあったのかもしれない。


マイケルジャクソンが死んでしまった。

人に言ったら笑われるかもしれないけど
わたしはいつからか、マイケルと賢治が、少し似ていて
おんなじくらい純粋な魂の人に思えていた。

賢治の魂は、もうすっかり、宇宙に、大気になっていると
友人が言っていたことがある。

だからマイケルの死を、とつぜん朝のラジオで聴いたとき、
また、そのすぐあとに
「we are the world」
が流れて、その詩を味わいながら、
これを書いたマイケルの魂はもう風になってるかなと思った。
青空に、つむじ風を探した。


おつきさんが言っていた。

賢治の話を朗読するという日は、必ず風が吹くんですと。

また賢治は、ふと、自分のコートのポケットに
木の葉がまぎれ落ちていたりすると
それは宇宙からの交信だと、感じ、大切にしていたそうだ。
葉の文様には、宇宙のすべてが描いてあるからと。
それがすべてで、すべてがそれだと。

ふしぎ。わたしが初めて明日館に来たとき、
葉脈を読み取って音楽化した、音楽会に参加したんだよ。


朗読のさいご、おつきゆきえさんが目を瞑ると、
どこからともなく、オルガンの音が響きだした。
賢治の紡いだ「星めぐりの歌」の旋律。

この音は、賢治の、羅須地人協会に遺るオルガンで奏でた音です、
と、おつきさん。
時空がぶわぁと揺れた気がした。
賢治も触れた鍵盤。
そう思って、わたしも、この場所を訪ねたとき、触れた鍵盤なんだ。

星めぐりの歌は、銀河鉄道の夜でも、子どもたちがお祭りに歌う歌。

みんな、おつとめがあってやってきた。
みんな、尊い命。
生きて戻りて、たゆたう風に、いつかなる日まで。


さぁ、今日も生きよう。こころいっぱい羽をのばして。

しあわせミルフィーユ

2009.06.24 07:00|暮らし
たのしい夕べ。それはしあわせミルフィーユ。

キムカツのミルフィーユトンカツ。

HERBSのミルクレープ。

ミルクレープ

わたしがどれだけ恋い焦がれたことか!

キムカツでだいぶ満腹だったのだけど、
ガーデンプレイスは閉店直前時間のHERBSで
ミルクレープと期間限定のブルーベリーチーズタルトを買って、
マクドナルドでコーヒー買って、
ガーデンプレイスの広場で、風に吹かれながら食べました。

あぁ

なんてしあわせミルフィーユ。

先日応募して当たった映画の試写会にそのあと参加。
『扉をたたく人』という映画でした。


そして昨日は、沖縄の「慰霊の日」でした。
夜は窓を開けたまま、
比屋定篤子さんの「あなたがそばで生きている」を聴きつつ眠りにつきました。

比屋定篤子「A Million Smile」

またライブ聴きたいな~と思ったら、
今また新しい命を宿されているそうです。


あたりまえの毎日をどうか
あたりまえのままに


こんなに美しくまた優しい雰囲気をもつ
非戦を願う歌、わたしはほかに知らないってくらい
たいせつな曲です。

いつか、こんどは沖縄の地で、比屋定さんの歌を聴けたらいいな。

梅雨の夏至つれづれ

2009.06.21 14:57|暮らし
山形より吉報届く。嬉しい。
わたしの妹みたいないとこがママになった。
また特別な命の誕生! すぐ会いに行くよ。

梅酒漬けの儀、ぶじことしも滞りなく
元気に済ますことができました。感謝。
梅シロップと、梅酒2009 ←左側は一日前にリンゴ酢で漬けた梅ジュース。


父の日の贈り物は、亀二匹をプレゼント。
実家まで運ぶあいだに、情がたっぷりうつってしまった。
キタロウ(亀太郎)と、カメコと命名。


ヨガ@SHIZEN YOGAは、ナオ先生不在のため、
最近ナンシー先生、マキノ先生のクラスを受けたりして、
土曜日には、マドカ先生のクラスを受けた。

「Om」を唱えたとき、
みんなで出している音よりも1オクターブ高い声が聞こえた、
こういうことが時々あるんだとマドカ先生。
なんだか特別な、やさしくて、コアに芯がびしっと通る
濃い時間に、至極満足。
シャバーサナのときに、なんともいえない芳しい香りがした。
お香を炊いたのかなと思って味わっていたけど、
瞑想状態から抜けてみると香りは消えていて
先生に聞いても、お香は炊いてなかったとのこと。

その日、わたしは義母からもらった白いブラウスを着て
自転車でスタジオへの往復の道すがら、
真っ白いモンシロチョウが鼻先をかすめていった。
行きも、帰りも。

シャバーサナのときに感じた香りのイメージは
白い花、蓮とか、百合とか、
なんかわからないけど可憐ででも大振りな花のイメージだった。


久しぶりにピアノを弾いた。
わたしは長いことピアノをやっているのに、上達しない。
でもときどき、すごく気持ちよく弾けるときがあって
今日はそんなだった。

たいがい、弾きたいと思う曲のスコアを買って弾くので、
弾きたいフレーズがあったり、好きな和音があったりする。
そのため、早くそこに到達したいがために気が急いて
ただでさえ下手なのが、ぜんぜんだめになったりする。

でも、気持ちよく弾けるときというのは、
ヨガといっしょで、
今出している音に、集中できていて、それを味わっていられてる。
今日はふと、それに気づいた。

弾きたかった箇所に来ると嬉しくなっちゃうんだけど、
でも、淡々と弾けるとき、とても気持ちがいい。

今日の演目は、
「Beauty and the Beast(美女と野獣)」と、
平原綾香さんの「明日」と、
原由子さんの「花咲く旅路」を弾いた。

花咲く旅路は、弾き語り。
わたしはこの曲が好きで、だいぶ前から持っている楽譜。

(美女と野獣のは、中1のとき、
 友達数人とこの映画を見に行く約束をしてたのに家の用事で行けなかった私に
 みんながお土産でこの楽譜を買ってきてくれた。)

雨降る梅雨の日曜の午後に
とてもしっくり来て、つくづく、すてきな曲だなと感じた。

 喜びが川となり
 悲しみは虹を呼ぶ
 道なきぞ この旅だけど
 でも こんなに上手に歩いている 
(花咲く旅路)

ここの歌詞を歌うとき、涙が出そうになる。


今日は夏至。そして、父の日。
宇宙が雨の拍手を届けてくれています。

おせわさまです

2009.06.19 08:00|暮らし
年齢的に区切りなので、自主的に婦人科系の健診を受ける。
ことしの2月と、先日と。

健康診断ってこわいって感じもあるけど、
「うん、だいじょうぶでしょう」と言われたとたん
あーわたしはこの体と、ことしも生きられるんだなっていう
おおげさだが、少し感慨深い気持ちになる。

母よりもまだ背が小さかったころとかを思い出して
「それが今じゃ、自主的に健康診断を受けるようになったなんて」
と、おとなになったもんだなぁと、しみじみしてしまったりする。

わたしの場合、母が看護師だから、
病院といえば、必ず、白衣姿の母が隣にいてくれるものだったから
よけいになのかもしれない。



そしてその検診から、こんなふうにいろんな人に出会った。


まず、やさしい看護師さんと、頼りになるお医者さん。

その帰り、駐輪場でチェーンが外れ(?なんかギアが変になってたらしい)、
自転車屋さんで修理してもらった。

ペダルが動かないよぉと電話したわたしの声が不機嫌で
しんぱいして駆けつけてくれた夫。

お昼はめずらしく出前を頼んで、
アルバイトの人(たぶん)がちらし寿司を届けてくれた。


これぜんぶ、お昼時の1時間チョットに起きたことで
ぜんぶ近所でのことで、
わたしはこれだけの街の人たちに出逢うもんなんだなぁ。
ありがたいよなぁ。助けられてるよなぁ。

その夜にはプールへ行ったら、
ざっと、利用者2人にひとりくらいの割合で
監視員さんが見回ってくれていたし。


このあいだ、市川へ井上洋介さんの展示を見に行ったとき
タクシーに乗ったら、
今日が運転手の初日だというおじいちゃんドライバーだったし。


めぐりあわせ。なんかそういうのに、えら感心してしまうこの頃。

どうもいつも、お世話様です。


昨夜、梅酒漬けにする梅を洗いました。
漬けの儀の決行は、週末に!
ことしは梅ジュースも作ります。

井上洋介 ヱホンとタブロー 展

2009.06.16 19:00|絵本や童話のこと
今週末の夏至の日まで、市川の
芳澤ガーデンギャラリーというところで開催している
井上洋介 ヱホンとタブロー」展をみてきました。

井上洋介 エホンとタブロー

なんか井上さんの、というか人間の、
手のひらをじぃっと見つめているようなふしぎな気持ちが
こみ上げてくる作品たちだった。
手のうち、ということでは決してなくってね。
特に、立体の作品たちとタブローが。

皺とか、血管とか、肉とか、生きている実感、歴史が刻まれてて
無言で、すさまじく語ってもいて。

エホンの方は、井上洋介ワールド全快の世界で
こどもに仕掛けてやろうって毒気もユーモアもあふれてて
遠慮なし!って感じがやっぱりすごかったです。

くまの子ウーフ』の絵の人だというと誰もが「あぁ!」と分かるけど

アナボコえほんアナボコえほん
(2008/12)
井上 洋介

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とか、
ぼく』(福音館書店こどものとも)もおもしろかったな。

のんびり総武線に揺られていくつか(?)川を超えて行って帰って
帰りは茶福楼へ久々遊びに行ってみたら、
ぐうぜん仲間たちにも会えたりしたのがまた幸せでした。


あぁ、そうそう、芒種の末候
梅子黄(うめのみ き なり) : 梅の実が黄ばんで熟す、頃です。
梅酒漬けの儀、そろそろですね。

今日はお昼にとうもろこしを茹でまして、
うーん、夏だなーと感じました。

かけらとかけらで成す宇宙

2009.06.13 00:01|つれづれごと
その日は、おともだちのカメラマン
松谷靖之さんの写真展「Exquisite - 影彩」を見に出かけた。
 
     Exquisite - 影彩

誰かが自分のかけらを惜しみなく見せてくれる
表現という行為の本質を垣間見せられ
ほんとうに、「ありがとう」って気持ちになった。

松谷さんの経験の、悦び、哀しみ、あらゆる想い
それは松谷さんのもので、わたしのものではないけれど、
語ってくれたり、彼の呼吸でもある写真を見せてくれることで、
わたしも、わたしの肌を通していろいろな経験をする。

互いに、相互作用しての人生。

わたしはひとりでは生きていない。
ほんとうに、出会う人、関わる人の人生が、わたしの人生をも作っている。


敬愛するヨガのナオ先生インドへ。二ヶ月の不在。
5月最後の日曜、最後のオープンクラス。
ここで感じることを二ヶ月の指針にしようと思うから
すごく集中できた。

わたしはうれしさとさみしさで半べそ。
ラブレターを渡して、外に出ると
どしゃぶりの雨はぴっかん晴れ上がっていて
その足で、松谷さんの写真展へ出かけたんだった。

ナオ先生の不在というできごとは、その人生に留まらず
わたしや、きっと生徒ひとりひとりにも区切りをもたらす。

あぁやっぱり互いにこうして作用して人生作っているんだね。


その、ナオさんクラスで言っていたこと。
「信じて行えば、誰でも魔法使いになれるんです。」

じぶんを信じる。
じぶんの呼吸を信じる。
曇りなく信じて繋がれば
わたしの心は、わたしの呼吸は、
ほんとうに魔術師、治療師になって
他でもないわたし自身を癒すことができる。




数ヶ月前にナオ先生から借りた本、とても一気には読めなくて
珍しいくらいゆっくりゆっくりじっくり読み進めている。
インド前に、返せなかった。まだあと半分くらい。
タイトルは、「呪師に成る ~イクストランへの旅~」

呪師に成る―イクストランへの旅呪師に成る―イクストランへの旅
(1974/01)
カルロス・カスタネダ真崎 義博

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またゆっくり。


自閉症の男性と、もうひと月ほど一緒に働いている。
もうすぐ彼と出会って、そうか、しみじみ一ヶ月かぁ。
いろいろ感じいろいろ学ばさせてもらっている今、
障害者雇用というものを通して
”して「あげる」”ものというのは
間違った、いや、ほんのひとつの側面で、
して「もらえる」こと、

彼の存在がもたらしてくれるものの大きさを痛感している。
わたしは、彼に逢えてほんとうによかった。
彼がわたしに意味を与えてくれたから。


みんながわたしの人生に、「彩」を与えてくれる。
象りがふくよかになっていくことで、「影」もまた与えられる。

松谷さん、すばらしい展示でした。Exquisite!

雑草のくらし

2009.06.11 08:14|絵本や童話のこと
昨夜眠りに就く前にベッドの中で読んだ絵本

雑草のくらし―あき地の五年間 (福音館の科学の本)雑草のくらし―あき地の五年間 (福音館の科学の本)
(1985/01)
甲斐 信枝

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夏のあぜ道や草っぱら、草むしりのにおい
小さい命や息吹がこちらにも伝わってくるよう。

ほんと、歩きたくなる絵本。

エネルギーをぐんぐんもらって、
あぁ今じぶんは、大きな命の中で、大地の上で
今こうして眠ろうとしているんだ~と
どっしりとした安心感を覚えもしました。


今は二十四節気で言うところの「芒種」。
田植えが終わって、梅雨入りの頃。次に来るは父の日の「夏至」。

さらに今は芒種の次候「腐草為蛍(ふそう ほたると なる)」
腐った草が蒸れ蛍となる、という意だそうな。
あぁそうそう。
おととしは蛍を見に青梅まで二度も出かけたなぁ、
去年はホタリウムへ行ったなぁと
先日思い出していました。

久しぶりの二十四節気、七十二候の話題だけどやっぱりかっこいいですねぇ
ふそう ほたると なる、かぁ。詩的だなぁ。

『雑草のくらし』、三鷹の子どもの時間がある本屋「りとるにて購入。



田口ランディさんのブログ
ロックの日の記事「なまけもの」が興味深かった。

「~しなくちゃ」と「~したい」の話しはシリーズでも何度かしていたので
ヨガ的なはなしだ~とも思った。
ランディさんは、さらに「~したい」も、「できない」が前提だって書いてるけど。


人間ってめんどくさくて単純で。
その矛盾するややこしさもまた人間らしくってね。

いっぽうで草花やら自然の生き物はすごいなー。 
ナオ先生が言っていた、
悟りっていうのは、つまり、超ナチュラルってことだって。

わたし、がんばってる! わたし、生きてる!
それでいいのね。

そういやこないだ、小5の姪に見られちゃってにやりと笑われた
わたしのお話ノートのとあるページには
いや、ニヤリと笑われたのみならず
「ママー」といって勝手に姉に見せられた。姉もニヤリともっと冷酷に笑ってた。
そういうのはイジメ的だぞと注意しました!



「 わたし、生きてる。
 すごい、生きてる。」


とあった。 笑
あんとき恥ずかしかったけど、良いの見せたな、うん。

おばちゃん、生きてますぜ。あんたもな!
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