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tuckchickborn>hisano

Author:tuckchickborn>hisano
大川久乃です。

『はたきがけこうしん』(文・大川久乃 絵・下田昌克
こどものとも年中向き/福音館書店/2016年6月号



『キャベツのくすくす』(文・大川久乃 絵・伊藤秀男
こどものとも年少版/福音館書店/2012年6月号



定期購読のほか、
お近くの書店、
福音館書店MO係 TEL:03-3262-1642でご注文可能。



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Char:ちゃあ
    名に「久」のつく女児の愛称

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与えられた重力

2009.05.29 07:03|ヨガ
5月が終わりゆく。
一雨ごとに夏に近づき
一雨ごとに紫陽花が鮮やかになる。

いかがお過ごしですか。


5月最後の月曜にシリーズクラス全3回が終了しました。
また新たな出逢いに向かってですね。
居合わせる人たちとも、内なるじぶんとも。


5月はじぶんの誕生月ということもあってか
いろいろな動きがあった。
久しぶりに熱も出した。
ピンチはチャンスで
細胞ひとつひとつが「わー」って頑張って働いて
身体の痛みを治してゆくイメージを想像しつつ
薬を飲まずにひたすら眠った。

5月はがっちがちの肩胛骨に再会して
己のコア的問題にも自分なりに向き合い始めた。
そういうのと、久方ぶりの発熱、関係してるんだろなー


5月最後の月曜のクラス。
わたしはちょうど真ん中くらいに座を取り
ひとりずつ自分のことを話しシェアしていくのを聞いていたら
みんなの話しはじぶんにも起きていることだなってすごく感じた。

そして、みんながその苦しみだったり戸惑いだったり
でも微笑みを浮かべてこうこうこうしてがんばってるってのを聞いていると
気持ちのいい書物を読んでいるときに感じるみたいな
胸が空く思い、
誰かによって言語化されたことで、
自分の中のぼやぼやっとしていたものが形を得るみたいな
喜び、共感(共感は平和へのツールです!)、満足感を得た。
慰められたり癒されたり元気になったりね。


とてもとても静かな気持ちで
じぶんの発表の番になったら、
なんかもうぜんぶ行って来いみたいな、ひとまわりしたようになってて
わたしがシェアしたい(できる)事柄は違えど
でももうみんなが言っていたことに含まれてて

そしてそれに対してナオ先生が返していたことが
わたしにとってもすごく響く、大切な大切なことだった、
とわたしは話した。


ナオ先生が言ったこと。
それは
「やることだけをやる!それがゴール。」
というもので、ガッツーンと来た。

あぁ、
ゴールに行くつくために、あれやこれやと目の前のことをやる
んじゃなくて
あれやこれやのやるべきことをやることこそが、
その時時がゴールなのだって、
すごい考え方だし輝いているよ。

そう。

いろんな目標を持っている人がいる。
いろんな理想を掲げている人がいる。
いろんな問題を抱えていろんな悩みを皆乗り越えていく。
それをみんなそれぞれに、色んな声色で語るものだから
かっこいいもの偉大なもの
ささやかなものちっぽけに感じるようなもの
色々あるように見えて、
かっこいい方がちょっと目立つね。

でもそれは、ほんとうの名じゃない気がする。

見ばえはあれこれあるけど
その薄い皮に詰まっているのは

毎日の雑多な行いだったり営み、悩みだったり祈りだったり
愛だったり、そして命だったりする。

それらはひとりひとりよぅく似ていて
でもほんとうはそれほど個性的なものというのは他になくて
ひとつひとつが尊くスペシャルで
皆、ほんとうの名で輝いている。


やることだけをやる、それがゴール
っていうのは真実だと思う。

そしてほんとうにそれがいちばんしんどかったりする。
だからわたしたちは、わたしは大地から離れて
頭ばっかりが冴えてしまって、
与えられているものを見つめずに
与えてほしいものを空にばかり探してる。



今回そのみんなの話しを聞きながら
恵比寿の写真美術館で先日見た、
「聖地巡礼」(野町和嘉写真展)を思いだしていた。

わたしはあのとき、
祈りって、生活の足元から、人間の中心から出てくるものだな、
生活と切り離せないものなんだなってすごく感じた。
そしてそう感じるのは
過酷な土地環境で生きている人たちの姿からなんだなと。

そして、正直、豊かな
この日本での暮らしを、
少し恥ずかしいと言うような想いになっていた。

雨が降るようにとからからの大地に額をつけて祈ったことも
生と死が隣り合わせだって毎日感じさせられるようなわけでもない
そういうわたしが
巡礼をする人々の狂気さえ感じることは、恥ずかしいんだって、
なんか思っていた。


でも、違うね。

そりゃあ与えられた環境はだいぶ違う。
でもわたしたちそれぞれに暮らしながら
それぞれの苦しみを生きている。

やることをやる、それがゴール、という毎日をちゃんと受け止めたら
あの写真展で出会った人々とそう変わらない筈。

恥ずかしいのは
やることをやっていないから。
考えちゃうのは不安なのは、やるべきことをやってないから。


少なくともあの月曜あの時間、
ナオ先生を中心にあのスタジオにいたわたしたちは
野町さんが写した祈る人々と、きっとよく似た真摯な瞳で
己の命を耕して祈って生きてたように思う。


国としての日本もさ、
わたしたちひとりひとりもさ、
いろいろあるよ。

でも悪くない。

与えてもらっているものの輝きを花開いて
地球から与えられた身体分の重力を受け止めて
(↑この言い方はナオさんが言ってたもの。素敵!)

やることをやって生きよう。


*昨日を生きたわたしのひとこと*
昨日のアメトーク、OPP芸人の超おもしろかったなぁ
わたしはエガちゃんの一「所」懸命な命を賭けた芸がだいすきなので
アメトーーク!DVDの3巻も超欲しいのれす。
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男の子について

2009.05.23 00:01|つれづれごと
ある日の何かの帰り道。
せまい一本道を家に向かって歩いていくと
その先方で少年ふたりがキャッチボールをしていた。

ふたりはどうやら兄弟で、
こちらを向いているおにいちゃんが小6~中1くらい。
(この頃くらいの男の子って年が読めない、わからんなー)
わたしに背中を向けている弟は小学3年生くらいだった。


わたしは早くて小さくて硬い球が怖いので
気づいてくれますようにとすこしだけ思いつつ近づいてゆくと
お兄ちゃんは弟にボールを投げ返した次の瞬間、
すごくすごーく自然な感じで、
道脇の塀の上にひょいぃっと腰掛けた。

弟は、ん?と思い(たぶん)、少しの間
兄が定位置に戻るのを待ったのだけど
兄はとくに靴ひもを結び直すわけでもなんでもなく
足をぶらぶらさせている。

「そこに投げるの~?」
と、弟が言うか言わないかのタイミングで
わたしが弟に急接近、
さらに通過するときに弟は、構えかけた手を下ろし
「そういうことね」
と、ぽつん呟いた。

それでわたしから離れた方向にちょっと歩いて、
自分のグローブの中でボールを遊ばせていた。


わたしは内心、その少年たちの無言の優しさにすっかりしびれ
「アリガトー」
と小さな声で言いながら小走りし
お兄ちゃんのところを通り過ぎるときに軽く会釈した。


しばらくすると、後ろの方でまた
ボールを受け止めるグローブのパシッといういい音が響き始めた。

男の子って、もうあんな少年の頃から男の子で
もの言わぬ生物やな~と感心すると同時に
かなりぐっときてしまった。



『花さき山』について、
このページに書かれていることを読んでハッとしたけど

「おらはいらねえから、そよに祭り着をかってやれ」という気持ちは、
自己犠牲という大義名分でかたづけるべきではなくて、

このあやというおなごの心根が尊いのは
自分にとってより大事なものを知っていて、その心にのっとって動ける強さ、こそ。

あやは、選択したんだね。
じぶんにとって大切なのは、着物を買ってもらいたい気持ちを叶えることよりも
妹やお母さんの嬉しい顔を見たいという気持ちだって、決めたんだ。

うそなんてついてないね。
そりゃ着物も欲しいさ。でもいいのだ。
そう言った「あや」は美学を貫いたんじゃない。
自分の本音を貫いてる。

あぁ!と、膝をたたいてしまいたいような気分でした。
そうか!って。
斎藤隆介が描いたものはそれだったのか、
感ずるべきはそれだったのかー感じてなかったーって。


言葉に依存しがちなわたし。
そうするべきかいなかについて天秤にかけたり
より強さとは、より誠実とは、
なんていって真偽をはかったりする
そのこと自体が要らないわけだったけれども
でもまるでまず天秤にかけてはかる対象こそ誤っていたように思います。

貴女は、君は、どうですか?

みどりのひかり その2

2009.05.21 00:23|絵本や童話のこと
『モチモチの木』の切り絵作家滝平二郎さんが亡くなられたそうだ。


モチモチの木 (創作絵本 6)モチモチの木 (創作絵本 6)
(1971/11)
斎藤 隆介

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八郎 (日本傑作絵本シリーズ)八郎 (日本傑作絵本シリーズ)
(1967/11)
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花さき山 (ものがたり絵本 20)花さき山 (ものがたり絵本 20)
(1969/01)
斎藤 隆介

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『花さき山』の花畑が広がる場面、ほんとうに綺麗で
脳裏にその画を鮮明に思い出せる一ページですね。
『ベロ出しチョンマ』のね、さいごの表情もね・・・、
こわさとショックとともに忘れられないんだな。


ちなみに絵がいわさきちひろだけれど、上の本同様
斎藤隆介さんのお話で、 『ひさの星』
ひさの星 (創作絵本 7)ひさの星 (創作絵本 7)
(1972/01)
斎藤 隆介

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あれって強さを描いた絵本なのだなぁ と、
今はなんだかやたらと沁みます。

むかしはあんまり好きじゃなかった。
じぶんの名前が比較的めずらしいことがイヤだったので
見つけたときは飛びついて読んだ記憶があるけど
そのときの感想、ひとことで言えば「ガーン・・・」だな。



思えば、わたしは影絵遊びが好きだった。
天気がよいと、ふと空に影送りをしているし
影踏み、とか、指で作る影の動物とか。

影というものに惹かれる。

ピーターパンが落とした自分の影を取り戻すため
じぶんの体に縫いつけるシーン、驚いたなぁ。

じぶんじしん影をモチーフにしたお話とかシーンとか書いて
気に入っているものがいくつかある。


だいすきだった教育番組「おはなしのくに」の画面も
(↑公式サイトがあるのにビックリ!)
滝平二郎さんの絵本も
もちろん藤城清治さんも
(保険会社かなんかのカレンダーうちにいつも飾ってあった)

わたしのなかでは、共通した、なつかしい落ち着きを、やさしい色を
そのなかに感じる。

そのやさしい色というのは
影の中のほんとうの色ってところかもしれない。

真実みたいなもの。。。?

あの『花さき山』の花畑の画面は、わたしには天国に見えたし
ほんとうのことがほんとうの色を持って咲いているように見えた
・・・・と言ったらこじつけかなー


ヨガや、毎日の体験を通して、
今ちょっとだけ、
自分のこころの中にある闇の中心部、
身体のこりのいっちばん頑固っぽい部分、

ぼんやりとだけれど、少し見えてきた気がします。

一番暗くて
一番どんよりしてるかもしれないけど

きっと一番きれいな花が、そこにぽつんと咲いている。

わたしの、わたしだけの。
小さくそれでも力強く。

滝平二郎さん、あのきれいなきれいなお花畑
見せてくれてありがとう。

みどりのひかり その1

2009.05.20 00:38|ヨガ
ヨガ。
月曜はいつものシリーズクラス
その前日、朝一番のオープンクラスに行ったら
久しぶりの笑っちゃうくらいの筋肉痛になった。
筋肉痛ってふしぎ、
何かこう、身体が笑ったり踊ったりしてる感じがする。
「ここにおいら上腕二頭筋はいるんだよ! 忘れないでおくれよ!」
って自己主張しながら。

さてシリーズ。
左、つぎに右と、一カ所ずつを動かしてみたあとに
動かした方とまだこれからの方の違いに
わたしは”光があたっているような感じ”を抱く。
それに今回は、色が加わり、緑色を帯びた光を感じた。

さいしょのシェアの時間からの流れで
「責任」の話がされたあと
テーマは「胸を開く」「解放する」というものだった。

解放したい、といいながら、何から解放したいのか
じぶんは何に縛られていると感じるのか

まずそこを見つめなければ解放の一歩を踏めない。
そうして自分を見つめることが、責任であるということ。

そして見て見ぬふりをするということが
「毒」を作ってしまうということ。こり、とか。


今回は何かいつもより繊細に感じることができた。
楽しかった。
筋肉痛の恩恵もあるのかなぁ。
でも呼吸を深めていくと痛みは忘れるからふしぎ。

上から喉や肺なんかの空洞を見下ろしている感覚に出会った。
小さな小部屋、しわとしわのスキマとか
まだたくさん呼吸を送り込めるのに、
じゅうぶん吸うための筋力がないなぁと感じた。
でも、まだあんなに入るとこがあるんだな、となんか思った。

土間で聴くおつきさんの朗読会

2009.05.19 12:30|絵本や童話のこと
週末、清瀬市郷土博物館
伝承スタジオというところで行われた
おつきゆきえ宮沢賢治朗読会 へ参加した。

その博物館は、駅からケヤキ通りをまっすぐ歩いて
畑広がる住宅街に建っており、

機織機やら杵やら臼やらの古民具が展示され
さらに朗読会が行われた「伝承スタジオ」というのは
ちゃんとかまども水場もある土間だった!

清瀬市郷土博物館
↑この廊下を進むと伝承スタジオなる土間への入り口がある。

藁や木のにおいがして
ひんやり涼しく外では鳥の声なんかして
このタイムトリップしたような空間の中で聴く賢治のお話は
おつきさんに語られることでほんとうにイキイキ踊り出して、

ほんとうに、賢治が、林や野はらや鉄道線路やらで虹や月あかりから
もらってきたそのままを聞いているようで
そしておつきさんは、まるでその虹や月あかりなのであって、

又それをほんとうにそのまま文字に書きおこし得た
賢治の純粋で透明なたましいを、あたりいっぱいに感じました。

しごく、しごく、満ち足りた時間だった___


今回読んで下さったのは、
もちろん『注文の多い料理店』の「序」にはじまって

『蛙のゴム靴』
『畑のへり』
『よだかの星』



おつきさんが話してくれた
賢治の「祈り」について。

彼は毎日お経を唱えていたけれどそれはもう習慣なだけじゃなくて
賢治のそれはもうほんとうに祈りだったのだと思うって。

またどこにそう書いてあるわけでもないけれど
ティーチャー賢治、教師としての賢治について考えると
彼はこう言っているようだ、
教師が生徒に対して与えることのできるものはただ二つ、
「祈り」と「励まし」だけだ、って。

そして『よだかの星』のあとには、こうも仰った。
ほんとうの名前というのは名づけられるものではないのかもしれない


小さな中庭に池があり
たくさんのおたまじゃくしがピチピチ泳いでた。
閉店準備していた喫茶室では無理言って珈琲1杯飲ませてもらった。

帰りはバスに乗らず、
気になっていた古本屋と
パン屋(Boulangerie Copain(コパン))
でクリームパンを買い食いし
ひたすら歩いて帰路についた。

いい トリップ

2009.05.18 08:36|映画のこと
恵比寿ガーデンシネマで上映していた
ホノカアボーイ」、さいごの映画ディをねらって見てきました。
    ホノカアボーイ
もぅロールキャベツがほんっとおいしそうで
倍賞さんの声はまったくやっぱりソフィー(ハウルの動く城)なわけで
だいすきなハワイの空気感に満ちていて
女ひとりまったり観るにはいい映画だったな。


この日は、仕事をそそくさ片付けて
まだ午後も陽の高い時間に恵比寿へ繰り出し
野町和嘉写真展「聖地巡礼 も鑑賞。

田中真知さんがブログで紹介もしていた本写真展
ことばに換えられない体験だった。


なんていうか祈りって、生活の足元から
人間の中心から出てくるものだな。
生活と切り離せないものだということが、
過酷な環境だからこそハッキリ見えてくる。

野町さんの文章で
宗教という言葉を家族という言葉に置き換えれば分かりやすい
というようなことが書いてあった。

あぁ、と思った。
今の私にはとても、分かるものがあったんだな。


恵比寿で働く友人の休憩時間にちょっと一緒にお茶もできたし
夜のガーデンプレイスはほんとうにキラキラ美しくて
今日を愛しいってきもちで充たされた。
   ガーデンプレイス夜景



映画の予告編で気になるのがいっぱいある中に
eatrip」という作品があった。
予告編の中で一番最初に出てきた言葉が「やんばる」でびっくり。
森岡尚子さんという主婦が出てくる。

食を中心に据えたスローな映画、
今人気だから、このeatripを見て、森岡さんが住む
やんばるの森のこともどんどん色んな人に知られたら
きっと力になるだろうなと嬉しくなった。
やんばる東村 高江の現状


祈りについては
土曜に見たおつきゆきえさんの宮沢賢治の朗読会でも語られ
リンクしたと感じた。
切っても切り離せないものだけれどもー。



そしてホノカアボーイの主題歌
キョンキョンの「虹が消えるまで」はたいへん気に入ってしまって
はじめてiTunes Storeで購入してみた。
虹が消えるまで
そして嵐の中、近所の森にてリコーダーで吹きまくった。
だだっ広~い公園よりも

木々に音が跳ね返ってくるのでこっちのほうが吹きやすいや。
木のザワザワザワとわたしのリコーダーの
セッションセッションセッションション。


テルーの唄も吹いていると、
昨今の日本の経済不況についてどう思うかというアンケートを
頼まれたので答えた。
ジブリのですよね、上手ですねーと言ってくれた。

ククサ

2009.05.15 00:08|暮らし
ククサ

母の日の贈り物。
今回セレクトしたのは「Kuksa ククサ

フィンランドの遊牧民サーメ人が使用していた伝統的な木工のカップで
ククサは自分で購入するのではなく人に贈るもの、
贈った方に幸運をもたらすと言われている
  のだそうです。


手に取ってこそ見れば見るほど可愛くて
兄姉ファミリーなどなどにもあげたくなっちゃう。


清志郎が逝った5月2日のマイバースデイ
従兄のところに赤子が誕生しました。
だいすきな伯母さんの初孫。
名を、真知加というそうな。
真実を知る尊い命がまたひとりこの星に加わった。
なんて逞しくなんて美しい。

嬉しくなりました。
7月になったら会いに行くね。

来月は、妹と思ってる山形の従妹がママになるし。
みんなに幸運がもたらされる。どんどんどんどん!すばらしい。


**********
もひとつ話題。

わたしが数年勤めて、辛くて逃げ出した(と今なら言える)
オフィスフォープロダクション
いよいよ四ノ宮監督の最新作が公開になるそうです。

映画「BASURA バスーラ」
バスーラ

見ましょう。

*****

嘘はだめで本当なら良い・尊いというのは
それでもやっぱり自分の中での「判断」だなぁ。
ジャッジして、そしてそう言ってる。

別に良いんだ、嘘だってなんだって、その人であれば嘘であるはずがない。

ただいまは素直にありたいのだ、ということなんだな。
ただただ、自分を信じていたい、のだな。それだけ。

チャーメルンの笛吹

2009.05.13 00:31|暮らし
誕生日にはアルトとソプラノのリコーダーセットを買ってもらった。

週末、それを持って小金井公園へ。
吹きたかったのは「テルーの唄」onアルトリコーダー!!
(onの使い方合ってます? 
ちなみにテルーの唄、ジブリの「ゲド戦記」手嶌葵さん歌)

ギターの伴奏のうえで
風を感じながら心地よく吹いていると

ん、気づけば小さな女の子がすぐそばで聴いてくれている。
よーし! と、指使いをすっかり覚えたテルーの唄を
目をつむって奏でるわたし・・・・
あれ? なにやら、人の気配。
目をあげるとチョット人が増えていて、思わず笑って吹き出してしまった。

「笑うな、笑うなぁ」とおじさんにたしなめられ(笑)
がんばってさいごまで吹くと、
拍手、いただいちゃいました。

マァ、まぁ、マァ! 嬉しいではないですか。

「ありがとう~」とか
「何の歌でしたっけ」とか話しかけてくれる人もいた。
音楽ってすごいなー 


大人よりも小さい人たちの方が反応していたので
ジブリ効果なのか、リコーダーという楽器の特質なのか。
ハーメルン、ならぬ、チャーメルンの笛吹。

帰りの車ではぐっすり寝てしまった31才の初夏。
小顔になれるかな。

肩胛骨くんこんにちは

2009.05.12 08:00|ヨガ
わたしにとっては3回目となる「連続シリーズクラス初回」が月曜あった。
                   SHIZEN YOGA ナオ先生クラス
呼吸法をたっぷり行う内容に、はじめてのときを思い出していた。
2008年9月のこと
横隔膜が分からなくて、呼吸を深めるうちに息苦しくなった。
それでもナオ先生が言っていることを
確かに「わかる」と感じるとき、
わたしは自分のその「分かった!」を信じられなかった。

この分かる感覚はおごりではないのかと、やたら疑っていた。
それはそのときのわたしの素直だったし真摯さだったと思うけど
今思い出してみて、すごく、可笑しい。

すごく可笑しいと、
思い出している自分に、今、出逢えた。


2回目のシリーズクラスは特にブログに書いていかなかったし
これからもそうなるのかもと思うけど
というかそれは、
1回目のシリーズクラスはまだまだ頭で行っていた。
2回目はより体でよりハートでその時間に在ることが出来て
半年を過ぎ
わたしはようやく、自分の体の声、心の声を信じることが
できるようになってきた。
それが前回シリーズの最終回で発表したことでもあった。


わたしは昨日から始まった新しいシリーズで
肩胛骨の凝りを少しでも良いからほぐしたく
また、あまり意識できない肩胛骨を感じたい。
自分の背面と繋がる。その一歩を。
また、じぶんのネガティブを押し殺さないようになりたい。
野放しにするのは本望ではないけれども。

そしてシリーズに限らず
これからずっと続けていきたいヨガを通して
わたしは自分と共に在り続ける勇気を学びたい。

悟りたいわけでもない。
また、つまらなく(?)なりたいわけでもない。
と、そう考えていった結果、
このけっこうぶっ飛んだ自分とありのまま在り続ける勇気を
持ちたいと思った。

自分をいじめるのは怖いから。
ジャッジして、これじゃダメだともがいているから。
その行為から卒業できるとはまだまだ思えないけど
でも勇気を持って、どんな自分とも共に在りたい。

そして、そのときそのときの自分をオープンに作品に込めたい。
今のわたしが書けるものが
わたしの頭や知識で考えてきた”理想”の形に届いてなくても
ぜんぜん人に求められない人の役に立たないものだとしても
それでも作品に嘘を塗り固めるよりかはずっと良い。

わたしの本当は少なくとも嘘ではない。
本当がありのままがいちばん尊い。
そしてきっと一番難しい。


役割は、自分が決めることではないんだ。
ひさのという名がわたしに与えられた
その音の響きが持つ、
役割ではなく、わたしの命が最初から伸びようとしている方向に、
ただただ伸びたいと思う。

わたしの命と共に在りたいと思う。

子供のための本を書く道程は、実に長いんだ。
それで良い。
ぜんぶを生きてみせるから。

その結果、わたしは
「子供の本の作家ではなかった」と
たとえひとに言われたとしても
わたしはおおかわひさので在り続けるんだ。

とな、今はじめて、ほんの少しだけ、思い始めています。

なので、わたしで在り続けることと共に
子どものための本をもっと読み、学ぶ努力もしまっす!!
(矛盾? えぇでもそれがわたしの素直! だって成りたいから!)

高江のこと

2009.05.11 00:02|呼びかけごと
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この、まだヨチヨチ歩きの赤ちゃんは沖縄高江村の「祈り」、です。

キッズヨガ?!
”Home~ふるさとをまもる”
この日のレポートが主催のナオ先生によりアップされています。
SHIZEN YOGAブログ「Homeやんばるイベントのレポート」


高江の審問3回目、今日11日にあるそうです。
ここでおさらい。沖縄の高江で何が起きているか。

ブログ「やんばる東村 高江の現状」から以下コピペ。

高江は、約160人が暮らすヤンバルの小さな集落です。
この集落をかこむように米軍のヘリパッド(ヘリコプター着陸帯)を
6つ作る工事が、始まっています。
高江は米軍のジャングル訓練センターの真横にありますが、
これでは訓練センターの中に高江があるかのようになります。
高江では米軍へりが低く長く飛ぶのです。

これ以上ヘリが飛んだら、しかも新型機オスプレイが飛んだら、
高江に人が住めなくなる!と考えた高江の住民が、
「自分の家で普通に暮らすため」に
去年(2007)の7月から工事現場の入り口で、
工事をやめてもらうために座り込みを始めました。



そして住民とまともな話し合いもせぬ国(沖縄防衛局)は、
住民たちの行為を妨害行為だとし、仮処分命令申立という形で、
8才の少女を含む高江村住民15名を訴えました。
(沖縄タイムス誌によると、
 8才の子どもまでと非難を浴びるとあわてて取り下げたそうです。
 ☆仮処分申立が取り下げられたわけじゃありません☆)


その動きについては
上記ブログ内カテゴリ
仮処分申立事件」で読むことができます。

というか、ぜひ読んでください。


Home~ふるさとをまもる に出向いて下さった映画監督マーティさんの
やんばるDVD続編でもその動きは伝えられ、
わたしは思わず憤りで体がふるえるほどでした。
一方で、高江村の豊かな自然の中で、裸足で遊ぶ子どもたちの
笑顔や笑い声は、すばらしい光でした。



守るべき国民の暮らし、貴重な自然を
国が、司法の手を借りて奪おうという事実。

何より、あたりまえにただ静かに暮らしたいのだという
住民の願いを、「妨害行為」だとして国が国民を訴えた
事実。

国策に反対するなら、どんな主張をも許さない。
それって・・・・・・。
矛盾というような言葉ではおさめきれない、
おそろしささえ感じてしまいます。


マーティさんも奥さんも訴えられた住民の一人で、
ある日突然今回の仮処分申立の分厚い書類が届いたときは、
小さな子どもを育てながらこれからどうなるのだろうと、
ただただ自分はこの子たちの静かな暮らしを守りたいだけなのに、
と、怖くなったと話してくれた。
わたしは、奥さんの話を聞いて、涙が出ました。

目をそらしてはいられません。

それでよし!

2009.05.09 00:39|暮らし
たーと、くーと、ちーく
3びきのこぐま
ちーと、くーと、たーく


ときどき田口ランディさんのブログをチェックしている。
わたしは彼女のエッセイが好きだ。ブログもおもしろい。
で、それでよし、という私は誰だ?」という記事、すごい良かった。
ポジティブだし、真摯だし、力をもらった。


たーと、くーと、ちーく

数年間あたまにあるこの響きこの言葉は、
わたしにとって「YES」を超える肯定の言葉だと思う。


たー、が撮った花々の写真(@飯能)。
たー、の「それでよし」、「YES」のまなざし。 きれい。
P1030123.jpg P1030149.jpg P1030115.jpg
      P1030146.jpg P1030147.jpg



4月に訪れた飯能で、父とわたしは誕生日プレゼントで
アーユルベーダの施術を受けさせてもらった。
そのあとみんなで、「あけぼの子どもの森公園」へ行った。
ここはムーミン谷が一部再現されている。超いい場所だった。

P1030151.jpg
ムーミン屋敷。もちろん中もすごかった。
カメラマンのわたし、興奮しすぎで写真ナシ。
ここでムーミンがああしたんだよこうしたんだよと、
興奮気味になかば自慢気に知識をひけらかしていたら
いつのまにか、子どもたちにかこまれていました。

P1030155.jpg
トゥーティッキが不法占拠している(笑)水浴び小屋も。

というわけで、外観も撮影はたー、によるもの。


ちなみにランディさんブログの、5月3日の記事
自分を問われるということについてもうんうんと読みふけった。

虹かかる

2009.05.08 18:17|暮らし
20090508181739
仕事あがり空に虹を発見!
まさに話しかけられたような気がして振り向くと!

一時間前に実家の方でも見えたそうな(姉談)。

こどもの日からの雨上がりに虹なんてすばらしいなー☆

いい予感!ネ!


追記
このときわたしはたくさんのOhanaたちに
写メをしたのだけど、
実兄からの返信には兄撮影の虹が。
Image109.jpg
おそらく同じ虹?を
兄妹3人ともがそれぞれの場所で見ていたことが嬉しかった。

薫風香り、筍香る

2009.05.07 08:46|暮らし
旬の草、それが筍(タケノコ)。
すごいなまえだー

身延のお山でたくさん掘ってきました。
もらってくれて美味しく食べてくださった方々どうもありがとう。

わたしもおいしく頂いています(まだ、ある)。
お山さんありがとう。

タケノコづくしディナー
タケノコづくしご飯
 ・筍ご飯
 ・筍と、これまた身延で採った山菜ふきと、お野菜色々筑前煮
 ・筍の姫皮を、梅肉と鰹節であえてみたもの

タケノコと水菜と挽肉のシャリシャリパスタ
タケノコパスタ

だんなさんのアイデア?で
タケノコと豚肉の重ね蒸し
ってのも頂いてみたら激ウマだった。わさび醤油で。


あー、人は大地を食ってんなぁ。
身延ミネラル薫風バージョンいただきました!
縁を感じていた「久遠寺」にも参拝してきたよ。

先週参加した言霊ワークもきっかけで
「ひ・さ・の」の名の意、もともとのそれぞれの音の意味に
想いを馳せてる今日この頃、
確信に至るようす。


追記:
今夜のお夕飯は、筍入り歯ごたえgoodハンバーグ。
に、しました。おいしかったー

手渡されるもの

2009.05.06 13:35|つれづれごと
その人の遺言は
「愚直であれ。」

わたしはその人は1年と半年の間しか関われなかったけれど
毎朝わたしはその人に珈琲を入れ
午後一番にはお茶を
3時のお茶の時間にはまた珈琲を淹れました。

その人は一度も不機嫌だったことも偉ぶることもなく
わたしにいつも
「ありがとう」を必ず言ってくれました。


奥さんからタッパーいっぱいに持たされた炒り子。
しばらくのあいだ、そのだし汁でお味噌汁を作りましたよ。

別のときには
わたしが本好きなことを知ってか知らずか
きっとたぶん精一杯のきっとセレクトで
『そのときは彼によろしく』
読み終えたからと言って、わたしにくれました。

60近いおじさまが、これをほんとに読んだのかしら?
と思ったけれど、「幾つになっても恋をせよ」と
言っていた方だったので、きっと、ほんとに読んだんだろうな。


わたしはその場で出逢ったさいしょの人たちが
ほんとうにいい方たちばかりだったことに
ほんとうに救われる想いで
ここまでくることができました。

人が去ってはまた来る場所だから
まるでそこはもう最初のころとは違う空間になったけど

わたしは、その人がボスとして居た1年半を誇りに
せいいっぱいあともう少しの任期期間を勤め上げようと思っています。


愚直であれ。
おろかなほどにまっすぐに。

それは、その場で生きてゆく人たちへの言葉だったけど
わたしという人間の心にも深く刻まれたもので

その人が、この地を離れて
ほんの1年も経たぬ間に風になられたことは
信じがたく悲しいけれど

あの言葉はますます確かに、
わたしがその人から受け取った遺言だと信じます。


最後に逢ったのはプライベートで
ぐうぜんにばったりとあるレストランで。
わたしはだんなと、その人はご家族と。


その人が亡くなった先月29日の夜。
わたし自身31歳の節目を迎える前々前夜。
最後に逢ったあのレストランで
わたしとだんなはワインで献杯しました。

じぶんの30歳までの人生と、
その人の、人生に。

清志郎の訃報に驚いた誕生日、
その人は風になりました。


清志郎の歌う姿をyou tubeで巡っていたら
どんとの「孤独な詩人」を歌う映像を見つけ
ふと年末にやったやんばるのイベントでやんやんが歌った
「波」が耳の中で蘇ってきました。
そのときは、どんとさん自体を知らなかったわたしだけれど、
その詩がとても印象的で、今あらためてまた響きます。


尊い遺言を確かに受け継いで
わたしたちもまた今日をせいいっぱいまっすぐに生きよう。
問うて、問うて、息して、生きよう。

愛し合ってるかい?!
中3のときのクラスの言葉は(モットー?)
「愛し合っているクラス」だったなぁ。


*****

「波」 (どんと) より一部抜粋


おーい おーい おーい おーい 波
おーい おーい おーい おーい また
おーい おーい おーい おーい 波
答えておくれ

波は汚れて黒くなってもいいのさ
この世がくちても 終わりはしない
生きているなら なにか話しておくれよ
おまえには このおれが見えないのかね

おーい おーい おーい おーい 波
おーい おーい おーい おーい また
おーい おーい おーい おーい 波
答えておくれ

美しい 5月

2009.05.01 18:28|絵本や童話のこと
ゴールデンなウィークがやってきました。
幕開けはゆきの誕生日! イエーイおめでとう。
毎年毎年じぶんの誕生日の前に彼女を想う繋がりの喜び。

4月いっぱいトムズボックスでやっていた
片山健さん個展、見てきました。

なんなんだろう片山健さん。だいすきすぎる。
今他のどの絵本作家よりもだいすきすぎる。

「いいことってどんなこと」「どんどんどんどん」をやっと購入。
どんどんどんどん (えほんのもり 5)どんどんどんどん (えほんのもり 5)
(1984/01)
片山 健

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「ぜろくんおとおり」はゆきんところの初節句に。
こどものとも0.1.2 2008年 06月号 [雑誌]こどものとも0.1.2 2008年 06月号 [雑誌]
(2008/05/02)
不明

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どんどんどんどん と、ぜろくんおとおりは
同じテーマだと思った。子どもの時季が違うだけで。
そして最高にシンプルで愛情にあふれたテーマ。


でも、絵本を絵と文と共作でやることの意味が
片山健+神沢利子さんのを見ていると少しずつ少しずつ分かるような気がしてきた。

すばらしいんだ、とにかく。だいすき。いいことってどんなこと。


田中真知さんから新刊のお知らせをもらった。


美しいをさがす旅にでよう (地球のカタチ)美しいをさがす旅にでよう (地球のカタチ)
(2009/04)
田中 真知

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わたし、明日から始まる新しい一年は
シンプルがテーマ。シンプルな想い。じぶん。

それって美しいってことだと思ったりしていたときだったりして
真知さんの新刊、読むの楽しみです。


美しい季節、5月、やっほー
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