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Author:tuckchickborn>hisano
大川久乃です。

『はたきがけこうしん』(文・大川久乃 絵・下田昌克
こどものとも年中向き/福音館書店/2016年6月号



『キャベツのくすくす』(文・大川久乃 絵・伊藤秀男
こどものとも年少版/福音館書店/2012年6月号



定期購読のほか、
お近くの書店、
福音館書店MO係 TEL:03-3262-1642でご注文可能。



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家守綺譚

2009.03.25 00:50|読んだ本のこと
短大時代からのこれまた心友みほの
4月に控える結婚式の為、ひみつの会合アリ。
そのまえにしばらくぶりにふたりでランチができたこと嬉しかった。
(@ガレットリア♪ 卓さん、ありがとー。おいしかったぁなぁ)
そして観劇に招待してもらい、
「ストーン夫人のローマの春」という舞台の千秋楽をパルコ劇場にて鑑賞。
洗練された演出、鬼気迫る演技に魅了され、最後には涙が出てしまいました。

会合のあとの、しほみとの差しの呑みも楽しいひととき。
迎えた甥の誕生日は晴天。
春の嵐が花冷えの陽気を連れてきましたね。

昨日はヨガでした。
実は春分の日、実家に向かう車を運転中、後続車からつっこまれてしまい
人生二度目の事故に遭遇。
でもぜんぜんたいしたことはないので心配ありません。
ただ、むち打ちは怖いので、なんとな~く自主練習を控えていたので
2日ぶりに解禁、みたいな。
足の指をマッサージすると、縮こまっていたことにも気づき
他もろもろ、気づきの多いレッスンでした。

さて。先日の、
「バカでもできるもん! 環境作戦会議」@上野水上音楽堂
の報告レポートがアップされています。
ぜひぜひ見てみてください。
バカかん特設サイトが、わたしのイラスト仕様になっていて嬉しビックリ。
また、今週末の29日(日曜日)は、
「天狗もやるもん! 環境作戦会議」@高尾山 です。

手がけさせていただいたバカかんリーフレットは、
パタゴニア渋谷店はじめ、全国のいろいろなお店やカフェ等々で
配布されているそうな。
見つけた方はぜひ手にとって見てください。


今、梨木果歩さんの『家守綺譚』読んでます。

家守綺譚 (新潮文庫)家守綺譚 (新潮文庫)
(2006/09)
梨木 香歩

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いつまでも読んでいたくて終わって欲しくない感じ。
なるべくじっくりじっくり1行1行かみしめつつ読んでいます。
誰かのレビューで”最上の水彩文人画のよう”だと書かれているのを見ましたが
ほんとう。まさに。
っていうか水彩文人画っていう言葉自体を初めて聞いたけど
しっくりきます。

木蓮と、木槿。
わたしの大好きなこの二つの花を付ける木は
そうか、実家の前の公園に木蓮が
木槿は、お庭にあったんだったなぁ。
だからなつかしいんだなぁ。特別なんだなぁ。
ヤモリも、良く実家に出たし、今も世代交代して暮らしてくれています。


三寒四温を繰り返して確かに春に向かってダンスしながら
桜をひらはら咲かせたところでのこの花冷え。
いつものことながら、自然の巡りにはほんとうに敬服してしまいますね。

味わい深い文章をとくと味わい読むように
身体いっぱい呼吸いっぱいとくと眺め味わいたい、そんな素敵な季節です。

WBC、最後だけ見た!
おめでとう、にっぽーん!
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春のお彼岸

2009.03.21 23:26|暮らし
嵐もお彼岸の準備だったのかと思うほど、
ことしの春分の日は、
午後にはすばらしい青空とうららかな陽射しで満ちていました。

ばーちゃんちへいってきたよ。

到着するなり土間からなにやらいい香り。
ばーちゃんが湯がいたよもぎの葉ともち米をこねて
よもぎ団子を作っていました。
ばーちゃんはおしゃれさん。
yomogi1.jpg みんなで一緒にせっせこねこね。
yomogi3.jpgきなこを着せればきなこもち。
yomogi4.jpgあんこをまとえばあんこもち。


arare2.jpgこれはわたしが子供の頃からの大好物。手作りあられ。


おなかいっぱいになったあとは、いつものとおり畑で遊ぶ!
ほんっとお天気でよかったー。

P1030087.jpg
栗のイガイガがいっぱい落ちていました。
もう、イガがやっこくなってるから危ないよ~


甥っ子たちが写真を撮りたいと言うので
「じゃあ春を探してきて」というといろいろ撮ってきてくれました。
P1030086.jpg5歳児の目線? たんぽぽの綿毛。

虫博士の2年生はカマキリの卵やみのむしも見つけてきました。
P1030066.jpgでもこれも素敵。菜の花の葉っぱに露がのってる。

いっぱい食べていっぱい遊んで昼寝もして
さいこうの一日でした。




笑いというグッドメディスン

2009.03.16 18:00|つれづれごと
日曜はすばらしーい日和に恵まれて、
上野水上音楽堂にて
バカでもできるもん! 環境作戦会議が開催されました。
朝8時半頃に上野に着いて、夜も9時過ぎまで撤退作業。
一日、楽屋のほうでおにぎり握ったりコーヒー入れたりお喋りしたり
でもでもしっかり渋さ知らズのライブでは踊りまくったりして
軽~く筋肉痛になるくらい、わたし、超☆楽しみました!

いろいろな出逢いがあって
いろいろな活動をされている方たちを知って
いろいろな大問題について学びました。
そしてたっくさんの笑顔を見た。桜もちらほら咲いていた。

  バカかん イラストおおかわひさの  だいもんだいちず

バカかん当日来場者に配布されたバカかんリーフレット(絵・おおかわひさの)。
裏がだいもんだいちずになっているので、これはだいもんだい資料です。
”渋さ”の白塗り踊り子さんがこの絵を誉めてくださって嬉しかったなー

渋さ知らズ、めっちゃかっこよかったー。
またライブ行きたい! 行きたい! 行きたい!
そして、踊るっていいね。やっぱりいいね。お日様の中。
大地を太鼓にするようにドンドンドンドンと足踏みならして
わたし、10代の頃、時々ゆきと「ケントス」で大人ぶって
ツイストして踊っていたけど、体が喜ぶ、心が喜ぶ。
音楽家は聴いている人をこんな気持ちにさせられるんだから凄いな。


その数日前のこと。
水曜に、心友みちよちゃんが泊まりに来てくれた。
かけがえのない2日間をいっしょに過ごして、
金曜土曜、あたりまえの一日が涙が出るくらい愛おしく幸せだった。
これ、みちよちゃんのセラピー効果に思います。
整えられた、そういう感じです。

みちよちゃんも、ええこ同様、わたしの夢を見たと言っていました。
目覚めた朝、その日はお休みで入っていた予定が急にキャンセルになったらしく
夢では「ちゃあちゃんに会いに行こうとしているのに邪魔が入った」んだけど
連絡をくれて、わたしも即OKと答えると、それこそ飛んできてくれた。

土曜日、こころをこめて部屋を掃除して
姪っ子達のくれた手紙なんかが出てきてダーダー泣けてしまいました。

ちゃあちゃん大好き
ちゃあちゃんちゃあちゃんちゃあちゃん・・・・・・


わたし、たくさんの人に助けられて想われて愛を貰って幸せだなー

そして洗濯物を干そうとベランダに出ると、
いつかのギャラリーhotsumiでの「seed展」で
堀口尚子さんの作品「ことばはこ」でもらったチューリップの球根
スックと芽を出しているのを見つけました!

チューリップ。

バカかんの絵を描く前、お正月のころ
映画『六ヶ所村ラプソディー』を見て
菊川慶子さんのチューリップに静かで深い感銘を受けていました。
だから、わたしは、チューリップをいっぱい咲かした絵にしようと決めていた。

そのいよいよイベント前日ってときに、わたしのチューリップが
つややかな緑色を土から顔を出していたことがとてもふしぎで嬉しかった。

あーって、なんかぜんぶ分かった気がした。
みんなみんな、チューリップだ。

子どもたちも
どんな毎日を送るおとなもみなそのままですばらしい。

みちよちゃんが教えてくれました。
いろーんなことがあるけれど、傷つかなくて良いんだよって。


日々チェックしている北山耕平さんのブログ「Native Heart
過日、「メディスンとはなんだろう」という記事がアップされていました。

そこにはメディスンとは使うものの意志や意図によって
グッド・メディスンになったりバッド・メディスンになったりするとありました。

つくづく、笑いもメディスンですね。
笑うことで癌が小さくなるとか、病気が治るとかいう説もあるし
昔から、笑う門には福来たるとも言う。
笑いは活力。
何かを蹴落としたり孤独にする笑いでなければ
間違いなくのグッド・メディスンだって思います。

2月の最後の週末に、十年来その著書や訳書などを愛読させて貰っている
北山耕平さんにお逢いしたのです。
さすがに震え、ほんとうに感激した。
まさにまさにのグッド・メディスン・トークだった。
さいしょはぽつりぽつりと、だんだんと、大きな風がやまず吹いてる
そのただ中に在るみたいに、引き込まれたりうっとりしたり疲れたり覚醒したり
わたしにとってはいつまでも終わりたくない夢みたいな時間でした。

十代の終わり頃か、たまたま手にしたとある児童文学で
ネイティブ・アメリカンの世界観に触れ、その後どんどんとはまっていった。
そして最近になって読んだ『ネイティブ・マインド』で、もーっと深い入り口に立った。
そう、深いけどそれが入口だった。ほんとうの入り口だった。
続けて『ネイティブ・アメリカンとネイティブ・ジャパニーズ』で
少し打ちひしがれていたように思います。

道のりが長すぎて、依るべく光が遠すぎて足が前に進まないような。
でも今回、北山耕平さんを目の前にしてのトークを聞いて、
まさにその光を見せて貰った気がした。
大きな手に、握手をしてもらった。

大きな流れの中で言えば、
ここ最近の悩みも、すべては躊躇からでした。
分かっているのに怖かった。

だいじょうぶ、わたしには、仲間がいる。友がいる。家族がある。夫がいる。
歩いていこう。ヨガしていこう。少しずつでも。
自分を信じて。耳をひらいて。どんどん開いて。そう思います。

バカでもできるもん! 環境作戦会議

2009.03.13 00:00|呼びかけごと
昨年末からの縁で、出逢った「虔十の会」の坂田さん。
SHIZEN YOGAであったイベントに描いたわたくしの絵を気に入ってくれ、
暮れにあったラブラブシンポジウムに続き、今回も声をかけてくださりました。
とってもとても嬉しかった。

<ケンジュウの会>とは
高尾山の環境を守る活動をしているNGO。
「大事なのは想像力と創造力。両方とも自然からもらう力です。
 だから自然を守ることは自分も他者も守ること。
 パワフルで情熱的で開放的、
 でも理知的な文武両道のエコロジー運動を実現したい!」

とは、代表坂田昌子さんの言葉(HPより引用)です。

みんなで作り上げたすばらしいツリーハウスや、
つぎからつぎへと実現される予約殺到のポップで楽しいイベントの数々で、
それまでの環境活動にまつわるイメージを払拭し変えていく現代の森の守人!
雑誌relaxやyahoo!アースプロジェクトなど、多方面のメディアからも注目されています。



その虔十の会が中心になって、
来る3月15日(土)に上野水上音楽堂で環境大イベント
その名も、「バカでもできるもん! 環境作戦会議」が開催されます。

オープニングでは渋さ知らズオーケストラのライブ!
参加費千円で、ほんとうにいろいろな耳を開くきっかけになるイベントだと思います。
詳細はこちらから↓↓ 
バカでもできるもん! 環境作戦会議
QRコード バカかん

当日は、わたしの描いたポケットだいもんだいちずと未発表のイラストが
裏表になったお持ち帰り用フライヤー(?)が配布されるようです。
だいもんだいちず

スケッチとスワディヤーヤ

2009.03.11 08:32|tuckchickborn
去年に引き続き、ことしも母と姉への誕生日プレゼントに
飯能アーユシャ(生活の木)でのアーユルベーダ施術。

去年は1月、ことしは2月の終わりに行ったから(←あたま台風真っ最中に)
花が少し咲いていること期待して行った。

待っている間に、スケッチをしてみようと思いついた。

思うんだ。
スケッチはどういう作業かっていうと
そこに在る命をただ見つめることに尽きるって。
印象に集中する。印象こそスケッチ。何も添えない。感想や評価を添えない。
書き写す技術、腕、うまいヘタこそが個性であって。

添えたことばも浮かび上がるままにスケッチ。
ただただ書きとめてゆく、映し出してみる。


おとといのヨガで
Svadyaya(スワディヤーヤ)ということばを学んだ。
ジャッジをするんではなく
ただ、見つめること、知ること、そして認められるようになること。

長い長いむずかしいレッスン。なんどもくり返していこう。



飯能のまだ寒いでもだからとびきり暖かなひだまりのなかで
夢中で2時間描き続けたスケッチは、
わたしなりにスワディヤーヤだったように、ヨガだったように思う。

「考え」、エゴ、じゃなく
より「感情」、意識、命、観察者の目でじぶんを世界を見つめるレッスン。



     アネモネポルトきいろ
     冬でも咲いた

 その真ん中になにがあるのか 咲いて守る

    一枚一枚の花びら生きてて ちがうときちがう光を あびてる


        一枚一枚の りゆう 命

  葉っぱはみんなでひとつの花

         重なり合いのかねあいは ひとごと 見た目
         一枚一枚そこにあるのは 意志



      アネモネポルトの葉

       はっぱ みんなで生える

           手をあげてよろこぶ童子みたいに


      アネモネポルト白

      くたびれぞんのほねもうけ



       ビオラ

    みんな 丸で 生きてる パンジー

          葉っぱは子らだ

              みんな事情があって 色がある



      スイートアリッサム


     ひとつひとつが花

         集合で咲くリスク

   おいしそうに咲く リスクとメリット

              ひとつひとつ小さく咲いてる
                 まとめて1つに見えること


啓蟄なのさ!

2009.03.06 08:40|書くこと
昨日アップしたブログ記事を見たええこが
ちょっと前に街で瑛太を見たというええこが(うまらやしー)
彼女があまり漂わせない深刻さで
わたしを心配しているその気持ちを届けてくれた。

ごめんね。でもうれしくもあり、笑っちゃったよ。
数日前にこういう夢を見たのだそうだ。

夢の中で私はどこか西洋らしきとこに住んでるの。
その日は宗教的なお祭りの日でね
ピエロとかちょっと怖いと感じるような人達が道に沢山居たり、
音楽もアーってコーラスが延々と流れてんの。
これもちょっと怖い感じ。
そこへちゃあがヨガの先生達と一緒に来て
これからヨガをして一夜を過ごしに来たって言うの。

私は住み慣れてるから大丈夫なんだけど、
ちゃあ達はやっぱり怖がって
少し高い所でヨガをする事にするねって
言ったとこからは記憶がないんだけど…!
(原文ママ)

わたしが今年になってから読んだ『ぐるりのこと』で、
著者の梨木果歩さんが絶壁で瞑想をしている人を見て
”境界”について(”こちら側”と”向こう側”。色々な意味の)想いを馳せているところがあり

もちろんそれは文章(エッセイ)なのでわたしの頭の中のものだけど
ええこの夢の下りの映像と、その梨木さんの見た映像とが合致した気がした。
ピエロというキーワードもカナルカフェで空の雲に見た。

こう書くとこじつけだけど、えぇこじつけですけども、
ええことわたしってすごい繋がってるかもなーと思った。 

エヘ♪

深刻さは追伸でふやけ、
寝ているときに見るものってなーんだってなぞなぞが出されてた。
答えは、まぶたの裏側、です。ズバリ小学生の常識でしょう!


思えば昨日からは、二十四節気で言うところの(もう定番の切り口です)
啓蟄(けいちつ)だ。
大地が暖まり、虫たちが冬眠から目覚め穴から出てくる。
土の中で虫たちがうごめく頃という、春の二十四節気のひとつだ。

わたしはこの、啓蟄と穀雨がいちばんしびれる。だいすき。

うごめく、うごめく。まさにわたしも今そんななの、きっと。

混乱してるかもしれない、でもそれはきっと今始まったことではなくて
物語を書くのはいつも、混乱していて、その答えを
じぶんなりに導く作業だったんだと思う。
でもこのブログで、へたに整理をつけて書いてしまうことを
続けすぎてしまって、今はちょっと整理をしたくない。
でもブログを書かないってわけじゃなくて
より正直に、より素直に、やりたいように、思うようにやりたい。
書くべき、書かぬべき、そういうことでもなく居たい。


前回記事にはたぶん今年読んだ本すべてのタイトルを出していて
そのなかで『沼地のある森を抜けて』もすごかったとさらっと書いたけど
あれもほんとうにすごかった。

ふとアマゾンでレビューを見てみたら、笑った。
「すごい」って書いてる人がいっぱいいる。
褒め言葉であることは間違いないが
すごいねーっていう柔いんじゃないんだ、このすごさは。

物語の強さ、と書いてる人がいたけど、まさにそれ。
凄まじいものが迫ってくるし
流れてる。
これだけのものをよくひとつ作品の中で書いたものだ、みたいな。
そして感想をうまく抱けないくらいい
いまだわたしは「すげぇ」の余韻の只中だ。

でね、わたしは到底及ばないけど
今の混乱を、わたしはやっぱり物語の可能性に思う。思いたい。
あとは(ってじぇんじぇんそれだけじゃあないけどさ)、
目なんだ、光の当て方、捉え方、紡ぎ方なんだ、
それは生きる力、じぶんの足で立つ力、世界の見方。自分の。

やりたいと思っていたぬか床の育成を、
この本を読み始めた記念に、2009年の記念に、スタートしている。
ぬか床も、微生物のうごめきだ。毎日毎日、そこでは啓蟄だ!


今は数日前から『春になったら苺を摘みに』を読んでいる。

春になったら莓を摘みに春になったら莓を摘みに
(2002/02/25)
梨木 香歩

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昨日お風呂で読んでいたら暮らしを生き抜くことというような表現が出てきた。
あぁ、今まさに読みたい部分だと思った。

生きること、家族のこと、ひろくもせまくも、だから境界についても
それはぜんぶ光への道。生の道。すべての足元。虹の出てるところ。

週末は温泉DAー! 
わたしを成す微生物も虫も、内臓混乱ぜんぶいっしょに
どっかんお風呂に漬かってこよう。
そして春になったら、ことしは久しぶりに苺を摘みに行きたいな。

何なら1トン食べられる? わたしは苺を食べられる!

ふしぎ発見!

2009.03.05 08:32|書くこと
バレンタインデイの夕方に参加した
写真家 横谷 宣 さんと、田中真知さんによるトークイベントは
感じ入ることが多く(とだけでは表しきれない程)、濃密なひとときでした。
そこからいろいろなことが再び始まった気もしています。
止まったんじゃ、なくてね。
田中真知さんブログでトークの内容が紹介されています。→王様の耳そうじ。

その直後、あふれ出す感情を抱えきれないほど抱え
久しぶりに訪れたカナルカフェのデッキサイドで
手袋、コート、膝掛けで防寒しつつ、お堀に浮かぶヨットや総武線を眺めつつ
ノート数十枚に文字を走らせました。
 
カナルカフェにてバレンタインの夜が更けゆくなかで、三十路女ひとり(イイネ、イイネ)。

電飾で飾られ美しく煌めくヨットと、
水面に映るヨットの輪郭を映し出す光は、
どちらのほうがリアルか。

バシャバシャと水をかき回せば泡と消える水面の光のヨット。
陽が昇れば太陽光にかき抱かれ黒い電線があらわになる現実のヨット。
どちらの美しさの方が、儚いといえるか。

現実世界を見る、もしくは見ようとする眼差しは、
そしてわたし自身のそれは、
どちらのヨットに、もしくはヨットをを見る目に、近いのか。近かったのか。
・・・云々というようなことを、延々延々考えて、つれづれなるままに書き綴った。

夜空を旋回し、暗闇にパッと消えていった鳥、
意地悪笑いのピエロの雲が、風に吹かれて巨大化したあと消えたこと、
目に映るすべてがメッセージを伝えていて、わたしは受け止めていた。
イッツソークレイジー? こういう夜ってアリマスヨネ。

今ならとーてもおもしろく思うそのときの思考も
只中では「混乱」以外何者でもなく、自責の念やらも湧いてくるしで辛かったけど
その夜を境に、わたしはノートと親密な関係を取り戻しつつあります。
復縁? でも螺旋状だから、もうあのころとは違う点にいる。


横谷さんの写真展「黙想録」を2度見に行ってみて、思いがけず、
浜辺の写真がわたしに与えた衝撃がいったい何だったのかが分かりました。
(→浜辺の写真については最初にギャラリーを訪れたときのレビューにて)

わたしは、母と行った海の思い出を、写真でしか覚えていない。
そのときのことも、写真でしか記憶をしていなかったのだということも、
横谷さんの写真を見て、「リアル」に何かが蘇ったことで
感動したし、ほんとには覚えてなかったことにも気づいた。

横谷さんの写真には、わたしの家族写真による「情報」ではなく
肌身が覚えている海での時間が、
波の音とか、母の笑顔とか、潮風とか、そういうのをぼんやり含んで
映し出されている。捉えられている。

さいしょの衝撃、二度目の衝撃、それからひと月ほど経って、
その思いは確信になっています。誰にも証明できないんだけど。

横谷さんの写真のすごさ、魅力は、そういうことなんだとわたしは思いました。

それ以外のいかなる作品でも経験したことのない鑑賞体験だったし、
それは同時に、いろいろな意味で、わたしにいろんな角度から突き刺さるものでした。
だからほんとうは会期中にもう一度ここで書いて
気になった方はぜひ足を運ばれることをオススメしたかったのですが
あまりにも台風で、書けませんでした。
でも、また展示はあるみたい。すごい反響だったそうなのです。


ほんとうに同時多発的に、突き刺さってきています。
佐野洋子さんのエッセイ『シズコさん』はほんとうに凄かった。
読んでいる間中、内容もそうだけど、文章、作家の仕事として
すげぇすげぇって、なんか生意気な書き方だけど、ショックを受けてた。
そのあとわたしは続けて『がんばりません』を読んでゲラゲラ笑い思うのは
佐野洋子さんのエッセイは、まるで内臓を見せてもらってるみたいだってこと。
整理された学術的な解説でも理論でもなく
それこそ内臓。それこそ命。

内臓が機能しているからって生きてるわけじゃない。
内臓が死んでるからって、終わりじゃない。
記憶も、リアルも、なんかなんだか。。。そういうものでしょ?

田中真知さんから何かで頂いたメールのなかで
「『シズコさん』はぼくも読みました。破綻していて良い
とさらりと書かれていたのも
わたしにはすごく、衝撃というかショックに近くて、なんでしょうね。ジェラシー?
そのひとことで言い表せちゃうのはたぶん同質の文章を真知さんも書けるからだと思いましたし
田中真知さんの文章もほんとうにわたしだいすきなので
じぶんも気に入られたかったのだな。そういう己にも気づいてショックだったりしたんですね。
孤独な鳥はやさしくうたう』もほんとうにすばらしいんです。
あれも、内臓を見るみたいな、
旅の本だけど、単なるいわゆる旅の本じゃない、

旅って、ただお休み取ってどこか異国や地方に出かけるだけじゃない。
近所散策でも、旅人の目をもっていれば、りっぱな旅になることがあるでしょ。

・・・うー、あー、うー、
きょしん兵を、まだ時期が早いのに動かしちゃって
ドキュンドキュン大砲を放てても、そのあとドロドロ溶けちゃうみたいな
わたし今そんなんかも。

ヨガ毎日続けてます。
これもすごく良いんです。
シリーズクラスも毎週あります。すごくブラボーな時間で
びんびん学びがあります。それをノートに綴ってます。
未整理なものは未整理なままに。それが重要!


そして! 今日ブログを書いたのはもともとお知らせがあったからなのです。
その田中真知さんが訳を手がけられた(わたしも読みました!)
『転生』という本は考古学者オンム・セティの生涯が書かれていますが
3月7日(土曜)の「世界ふしぎ発見!」
そのオンム・セティのことが取り上げられるそうです。


転生―古代エジプトから甦った女考古学者転生―古代エジプトから甦った女考古学者
(2007/11/21)
ジョナサン・コット

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この本のことを、いわゆるスピリチュアル系の話とは対極なのだと
田中真知さんも書かれていて
わたしも、読んで、そうだなと思うし今こそそうだなと強く思うのは
ここまでにも書いた、それ以外も含めて、毎日のぜんぶの体験があったから。

水面のヨットと電線だらけの現実ヨット、
リアルって? 記憶って? 旅って? っていうことの
表面じゃない部分、内臓の部分。
スピリチュアルって、ほんとうは
世に氾濫しているスピリチュアル的なこととは
対極にあることこそが本質なんじゃないかって。

ヨガしてても、すごくそう思います。
西の魔女が死んだ』で、魔女修行のいちばん大切なことには
規則正しい生活があるんだってことみたいに。
梨木果歩さん『沼地のある森を抜けて』もすごかったです。

また改めてぜひ書きますが、わたしずっと著書や訳書を愛読している
北山耕平さんのトークを生で拝聴してきたんです。
もうそれはそれは感激だった、大きな手に握手してもらいました。
その前の夜も、その夜も、かつての仕事仲間との集まりが続いて
大笑いしまくった。その実感もすごくて。
北山さんの実感もすごくて。

あぁ今、ほんとうに。。。。
耳を開く、目を開く、ってどういうことかなって考えてます。
でもさほどは考えてもなくて、
あぁ、ヨガをしていればいいんだなっても感じています。
この想いもなんか、すごく深いところからやってきています。


さて、話が戻りますが、
横谷さんのトークイベントのさいごに、通路にいらして逢えたので聞きました。

「ほんとうに、ブレないのですか?」
「うん。ていうか、決めたことだから迷わない」
「人や場所に、あまり執着しないですか?」
「しないかもしれないですね」

わたしは誰かがそう言い切るのを聞いてみたかったんだと思います。
でもほんとうに目の前でそう言われて、なんかショックもあって、
失恋のあとみたいな胸の空洞を感じました。笑


とにもかくにも。
今、成長のチャンス大好評絶賛続行中。
内臓的ふしぎ発見じぶん発見文、ご拝読いただきありがとうございます。

って、まとめようとすることも、
内臓って今わたしのなかで最上級褒め言葉なのに簡単に使うことも、
あーん、ダメなのにぃー。
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