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tuckchickborn>hisano

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大川久乃です。

『はたきがけこうしん』(文・大川久乃 絵・下田昌克
こどものとも年中向き/福音館書店/2016年6月号



『キャベツのくすくす』(文・大川久乃 絵・伊藤秀男
こどものとも年少版/福音館書店/2012年6月号



定期購読のほか、
お近くの書店、
福音館書店MO係 TEL:03-3262-1642でご注文可能。



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chatterer:さえずる小鳥
Char:ちゃあ
    名に「久」のつく女児の愛称

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味わうカラダ

2008.11.27 08:00|ヨガ シリーズクラス1
祭日の振替休日でシリーズクラスが一週お休み。
冷たい冷たい雨の中、SHIZEN YOGAナオ先生の「ゆったりヨガ」へ。
このクラスは二ヶ月ぶり。

はじめのマントラを唱え、
足首のマッサージ、足指のマッサージ、
ふくらはぎふともも、膝のマッサージから始まって
肩、首、胸、腰、手首など座位のまま
じっくりじっくり動かしていく。
ただそれだけなのに、驚くほど感覚が冴え
凝りがほぐれて温まっていく。
体の中が巡り始める。

立ち上がり、片足を前に出しての前屈。
これもとってもじっくりじっくり。

まさに味わうカラダ。

シャバーサナの前にも
背中の下にブランケットを二枚入れて伸ばしてから、
次にブランケットを抜いて横になる。
それだけで、いつもより背中や腰が地面に沈む。

味わうシャバーサナ。
雨の音が体の中に流れる水の音みたいになる。

自分を味わう。カラダと繋がる。
人はここに頭で想像している以上の充足感をおぼえる。
ゆったりヨガのクラスも、すごくいいなー


ふしぎ。前回のゆったりヨガ
前日に姪たちとたっぷり過ごしている。

違うのは、父の亀吉がいなくなってしまったこと。

出てこないかなー
先日わたしが贈った本、読んだばかりだったらしい。

心理学者が亀に恋した理由心理学者が亀に恋した理由
(1999/01)
中村 陽吉

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切なすぎる・・・・・・。クリスマス、父に亀をあげようか迷い中。


**************


12月13日にSHIZEN YOGAで開催される

「意識のある暮らし 第一回
 「みんなの気持ちをみたす日」
 ~満月の下でやんばるの森に想いをはせる~」

で、いろいろとお手伝いをして関わらせてもらっています!

まずはナオさんと細かいところまでこだわったポスターが完成。
意識のある暮らし 第一回ポスター 意識のある暮らし 第一回 内容 ←イラスト&デザイン おおかわひさの

SHIZEN YOGAのWorkshopページで詳細がアップされています

イベントではtuck chick bornとしても
絵と朗読で関われることになったのでお楽しみに!!

また近くなったらここでも詳しく紹介します!
ぜひぜひ皆さんいらしてくださーい。
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ばーちゃん

2008.11.25 16:19|暮らし
勤労感謝の日。
実家へ帰り、姪甥たちも連れてばーちゃんちへ行ってきた。

裏の畑へまわると、おばちゃんと、ばーちゃんが
黙々と畑仕事に精を出していた。

「ばーちゃん!」
「おー、ひさのもきたんか」

そう言って笑ったばーちゃんの顔は
なんだかびっくりするくらいにやさしくて嬉しそうだった。
ちょっと久しぶり。わたし、会いたくてたまらなかった。

おもむろにでかいハシゴを置いて
甥を登らせるのかな? と思ったら
何も言わずどんどんどんとあがって
長い枝バサミでしゅっしゅっと突く。

柚子を切り落とすばあちゃん

すると、ぼとんぼとんとまるまる太った柚子が
地面にいくつも降り落ちる。
子どもたちが嬉しそうに拾い集める。
あたりに立ちこめる柚子のい~い香り。

むこうには米のもみ殻の山。

ほうれんそう、キャベツ、白菜、ネギ、
チンゲンサイ、みかん、カブ、大根、芋がら。
いっぱいいっぱいの宝の山。

去年、大腿骨骨折して、大手術をして長いこと入院。
がんばってリハビリをした。

「足が動かない」といいながらも
あんなふうにハシゴを登るんだもん。
ばーちゃんすごい。

交わした言葉はさいしょのあいさつと
「これを入れときー」
「袋あったろ」
「そっちじゃねーよー」 
とか、そんな畑仕事を手伝うちょっとしたやりとりだけ。

でもわたし、ばーちゃんが畑で働いている姿がいちばんすきだ。
会いたいのはこの姿なんだ。

従妹の電話、従姉のメールも最近あった。
それは色んな色。いろんな日。

嬉しい報告もあれば
しんぱいごともある。

家族親戚のことは、いつも胸をしめつける強さで想ってしまう。
比喩じゃなく、わたしのなかの出来事だからだ。

でもみんな生きている。
ばーちゃんの毎日をおばちゃんおじちゃん、従妹弟が支えるように
みんなそれぞれほんとうにありがたい。

ばーちゃんを好きな想いは
そのままおばちゃんおじちゃんへの感謝の想い、愛の想い。

よろこびごと
しんぱいごと
それはわたしを生かし、涙させ、取り乱させ、奮い立たせる。

それはすべて
しあわせごとだ。

しばらくはばーちゃんの野菜たちがわが家の食卓に並ぶだろう。
それはわたしの今日を作り明日を作る。
ほんとうにいつもありがとう。

音 自分で自分を暖める

2008.11.18 08:30|ヨガ シリーズクラス1
ハタヨガシリーズクラス 9回目。

マントラを唱え黙想し久しぶりのシェアリング。
12月に控えるラスト3回を残し11月はこれで終了。
2ヶ月が過ぎ、日常の中でヨガがどんなふうにあるのかを考え
今の自分を発表した。

わたしは前回クラスのあと頭痛になったこととか
(まさにあれは毒素を排出しての好転反応だった!)
自分で認めてあげられていなかったのは
外にも内にも向けていただったことを発表。
まだまだ完全に認めきれず槍はとんがったまま
なんとなく頭痛が残っていたり風邪もひき弱っているが

この2ヶ月で確実に
「いちばんそばで自分を見ていてあげる存在」が
自分の中に育っていることを感じる、と言った。

皆それぞれ
自己との対話をするようになったということを言っていた。

また誰かが言っていて「わたしもそうだな」と思ったのが
ヨガの考えとか、自分と対話する感じ、呼吸を意識するとか
そういうことはより生活に浸透して来ていて、
正直練習の時間は減ってしまっているのだけど
でも毎日にヨガがある感じがある。

実際ポーズを取ること(アーサナ)は実践として偉大だし
練習をしていきたいけれど
ヨガ=アーサナではなく
ヨガのなかにアーサナがある。
このシリーズクラスを受けながらますますそうだなと思う。

ナオ先生が言っていた
「心地良い、やりたい感じでやっていってください」

今日のクラスを通じて、わたしをいたわろうと思い
身体を動かし始める。


火の音「ラ(巻き舌)ー」でポーズを取っていく。
前々回くらいにやった体に負荷をかけるいくつかのポーズ。
ゆっくり呼吸で内包する動きで、吐く息のとき音を響かせる。

火の音は、熱を発生するらしく
確かに驚くほどにどんどん身体が温まった。
とるポーズに関連もしているのかもしれないが
最初は下っ腹が、そこから背骨をつたって肩や首の辺り
気づけば額にも汗が出て来て手の指先まで温かくなった。

この時間で自分をいたわろうと思った、その想いが満たされていく。

でも、音を発声しながらのポーズは呼吸が乱れやすく
ポーズも“負荷シリーズ”(笑)だったから
だんだん伸ばす音は続かなくなり可笑しくなってしまった。


音で満ちるクラスはとっても温かくてより平和な感じがした。

ポーズのしめくくりに今度は火の音ではなく、
自分を静めるため「シャンティ」を言いながら

・正座から立ち膝、両手も挙げ=吸う
・腰から倒れお尻を踵の方に下し手は床に伸びお祈りのように=吐く(シャンティ)
・手に体重を移していき四つんばいになり背筋伸ばし=吸う
・もう一度戻りお祈りするように=吐く(シャンティ×2)
・立ち膝、両手を上にに戻り=吸う ・ゆっくりと腰を下ろし、手を膝に=吐く(シャンティ)


これをくり返したあと内省してみると
呼吸の質が、なんだか絹のようになっていた。

最後にシャバーサナ。

温めの熱は、わたしの場合ふくらはぎくらいで遮断され
うまく足先までは伝わってないことに気づき、足だけ羽織をひっかける。

ナオ先生のガイドに

「与えてもらった分、与える。
 わたしたちが息を吸うとき、地球は息を吐いている。
 わたしたちが息を吐くとき、地球は息を吸っている」


というのがあって、なんてすてきなフレーズだろうと思った。
そう思うだけで、呼吸を大切に深くしたくなる。
吐くときは、感謝と共に手渡すように。
吸うときは、歓びを享受するように。

だんだんと意識が離れたとき身体がぴくぴくした。

ナオ先生はそれも
「わたしたちは生かされています。
 内臓が動いたり、筋肉がぴくぴくしたりして
 整えようとしています」  と、言った。

そうだと言うように、わたしの腸が「ギュ」と鳴った。
そうか、こういうときに、生かされていることを感じられるんだ。
こんなにもあたりまえに感じられるんだ。

最後、新しいマントラの書かれた紙が配られた。
2行だけ復唱し練習した。ここに在ること、笑って行うことの学び。
このマントラはshizen yogaでよく終わりに唱えられるものらしい。
あと、3回、か~。


夜、寝付けずにホットココアを飲んだ。
ココアは「此処(ここ)」アだなーと思った。

大地のいたるところで人々を助ける男

2008.11.14 21:34|つれづれごと
アメリカ合衆国の44代目大統領に決まったオバマさん。
ネイティブアメリカンの民族「クロウ」の国に訪れたとき
一族に迎え入れられ、与えられたインディアンネームが

 大地のいたるところで人々を助ける男
(One Who Helps People Throughout the Land)

だそうです。
北山耕平さんのブログ「Native Heart」で読みました、ここ!


わたしも、毎朝ラジオでこの大統領選について聞いては
「オバマさんが勝つと良いなー」と呟いていたひとり。
そして決まった今、とても期待しています。

期待の風潮が流れる世界は良い。
誰かを責めたり落胆している声ばかりよりも断然良い。
恐れることなくいっぱい期待したいです。
ひとつずつでいいから。


ところで「黒人初の大統領」、
その決まり文句での期待がピークに達していた頃
わたしは遅ればせながら、
オバマさんが黒人である前に
アフリカ人とアメリカ白人の両親の間に生まれた
ハーフであることを、何かの番組の中で知りました。
一緒にTVを観ていた義母がさらっと呟いた
「黒人じゃ、ないのよね」という言葉。

とにかくわたしは、あまり色々知らないなか
イラクからの米軍撤去の公約に絶対賛成で、
ブッシュの展開する「むりやり正義」「ひとり正義」「俺様正義」を
終わりにして欲しかったんです。

そして、声高く言われる黒人初という文句には
内心どこか違和感を感じていたことも確かでした。

かつて選挙権も与えられなかったのに、
黒い肌の大統領誕生!ですもの。喜びの声です。
でも、オバマさんが感じさせる個性、人間性がただただ良いなって
それだけでもいいじゃん、みたいにどこか思っていた。

そしてフィクショネスの藤谷さんが
ご自身のサイトで書かれていたことに、「そうそう!」と!!
ここ、11月8日の日記を見てみて下さい!


わたしはちょうど、ネイティブジャパニーズという言葉について
想いを巡らせているときだからか
日本人ってなんだろうということを考えていました。
そして結局、「なになにじん」ってないじゃんと思っていました。

日本人っていつから日本人だった?
日本人って枠が、そもそもなんなんだって。


藤谷さんが書かれるとおり
ヒトは一種類しかなくてつまりみんな純血腫、さもなけば雑種。
それでいい。それが真理。それがほんとうのこと。

そしてね、オバマさん、
自分を「雑種」とさらりと言ったんですって。
選挙運動の中、とうとう一度も
自分が黒人であることを強調しなかったんだって。

良いじゃん良いじゃん!オバマさん。
だって「黒人」を武器にしたら、なんかそれもまた新しい
白人差別じゃんね。

そして7日の日記で藤谷さんはこう書いています。

彼は黒人のように見えるが、実際は人種融和の象徴的存在である。
むしろそっちを意識したほうがいい。


素敵!
ほんと素敵だと思う!

さまざまな色が織りなすレインボウ・トライブのひとり。
これはまた北山耕平さんの書いていた一文ですが、
島国で、黄色人種、日本人だと教え込まれてきたわたしたちだって
ほんとのところはもっと広い意味でのレインボウ・トライブだ。


藤谷さんの新刊もぞくぞくと! 読みたいのに読めてない。
からくりからくさもまだ!

なぜなら今わたしテディベアを作っているからでーす。

今日の充足感で大地と繋がり
期待のワクワク感と
ポジティブパワーで毎日を満たそう!



100コめとなる深呼吸する言葉アップしました

(続き)痛み 自分に向けた槍

2008.11.13 08:40|ヨガ シリーズクラス1
次にまずしたことは
「がんばるぞ」と「がんばりたい」という
ふたつの言葉の作用の違いについて実験!
暮らしからひとつずつ「~ねばならぬ」をなくそうという話しをしたり、

肩、首、頭、顔、をマッサージ。躰をグラングランに弛める体操。

その後、海藻チームと海流チームに分かれて
身を委ねるということを学んだ。

まるでちょっとしたレクリエーションデイのようで楽しい!!
ケラケラ笑った。


でもなぜだろう、途中から軽い頭痛が始まっていて、
帰り道にはギンギン痛みが強くなり、
家についた安心からか、ひどくなった。

どうしたのさーと心配してくれた夫に

わたしはこういう自分を認めてなかった
わたしはああいう自分を認めてなかった
わたしはそういう自分もあるんだ
もっと、もっと、もっと、わたしはこんなところもあるんだったよー

と、まるで酒に呑まれた酔っぱらいのように訴えた。


わたしはこの数ヶ月のあいだ、とある場で
「言い訳をする人」
「甘え口調な人」
「骨までしゃぶろうという人」
に、メラメラ苛立ちを募らせてきた。

それに対して我慢する必要もないやいと、
結構、あからさまな態度も取っていた。

でもそのたび頭の中に
ハリネズミを繁殖させ飼ってきたようなもので、
一気にそいつらが暴れ出したのではなかろうか。

(1時間も寝たら空腹で目が覚め、
 ビビンバ丼を食べ、早々に寝た!)

甘え口調かどうかは分からないが
言い訳するところ、あるかもしれない。

嫌いな人? あんまりいないとか言っていたが、
あらあら、ほらほら。でもその人たちに学ばせてもらおう。
わたしはもっと、自分のダメな部分も見つめよう、知ろう。

一晩寝て頭痛も消えたクリアな頭で、そう思った。

うーんほんとに、セラピーだなぁ。


この入門シリーズも残すところあと4回。
でも冬季シリーズも予約したもんね♪

わたしのこのシリーズクラス日記を見て
興味を持ってくれている方もチラホラいらっしゃるようなので
shizen yogaで行われる冬季シリーズクラス(←クリック)、
ラインナップも豊富に受付開始したようなのでお知らせします。

また、YoginiIのサイトのリレーブログ
「笑ってヨガとも!」のコーナー
我らがナオ先生も寄稿してます(↑クリック)!


☆高尾山について☆

高尾山は、生物多様性日本一だってナオ先生が話してくれました。
知っていましたか?
わたしは知らなかったので大変驚いた!
都心にほど近いところでそんなことが実現してるなんて奇跡。

また高尾山って、地層が縦になっているんですって。
ここで詳しく語られています

そして高尾の地層を成す砂岩と粘板岩が交互になっている間々にある
地層にしみ込んだ雨水が流れる場所=水道「みずみち」が
縦横無尽に走っているんだとか。

高尾は水の山。その豊富な地下水が
日本一の多様性の生態系を支えている。

わたしたち人間の躰も70%が水でできているというから
そんな山にどかんと穴を貫通させたら
体液や血があふれ出して、私たちは死んでしまう。
高尾山も同じだと。

現に、高尾と同じ小仏層で、隣にある山が
すでに工事が進められたのち、崩落事故が起きているのだとか。

高尾山のトンネル反対、つくづくわたしも反対表明!!

数年前の誕生日に高尾登山しました。
風に陽射しに緑たちに祝福してもらった。
わたしも、その山を守りたいです。

調べてみると、たくさんの高尾山を守る運動
あちこちで起きています。

痛み 自分に向けた槍

2008.11.12 08:40|ヨガ シリーズクラス1
ハタヨガ入門シリーズ 8回目。

立冬過ぎて、7時にもなれば真っ暗、
だいぶ冷え込むようになった。
風邪引きさんも多く、欠席率高しの日。
いつもより小さなサークルになり、チャンティングからスタート。

サハナゥーバーバートゥー
サハナゥーブフンナクトゥー・・・
一応そらで唱えられるように! でもホントに、いちおう。
もっと念を込めて。もっとナオ先生の音を聞いて。

黙想してから、課題だった
「正直(satya)でなかった瞬間を捉えてくる」についてひとりひとり発表。

ランダムに名指しされた順で言っていき、わたしは最後だった。

強がり、NOと言えない、しょい込みすぎetcetc
そんな優しい、非・正直のシーンを
そういうことへったなぁ~と思いつつ聞いていた。

でもわたしもこの2週間、「正直でなかったとき」を捉えようと
意識していたら、まずいおいしいの感想を言うときに
ちょっとホントのことを言えなかったときがあった。
その、名付けて納豆事件を発表。
(納豆はおやつにするほど、基本だーいすきデス)

また、わたしの直前に発表した子が
「自分は逆に、正直じゃないときがあまりない。
 どちらかというと、嫌なときは顔に出してしまう」
というようなことを言い、わたしもそう!と思った。

アヒムサを考えたときからある自分のエゴについて。
それはわたしの非・正直にも繋がっていて
かわいく言えば背伸び、
もっと言えば張り合うとか、攻撃とか。
そんなんがチョット嘘ついてまでだったりして
それが最近の自分の正直でないときとして思い出されるパターンだ。

そういう誰かに向けた攻撃性とは、
ありのままを認めてあげられていない自分への槍となる。

ナオ先生が言っていた。
なんかイラッと来るような相手とは
自分の中にもあるが認めてあげられてない部分、そのまんまだって。

時間が経てば経つほどこの真理
的を射てるなーとさいきん思う。認めたくなかったけど。

そして、正直でないときの裏には、共通して
「人から愛されたい」という欲求があるとナオ先生が言った。
それはみんなにあることだけど
でも自分自身がちゃーんとありのままの自分を愛せていたら
そんなに無理してまで外に求めなくなると。

あーほんとだ。
みんなの非正直が、そこで一つになった。

鎧(よろい)は、生き抜いてくるために身につけた手段。
だからすべてを捨てる必要はない。
でも、必要じゃないときにまでガチガチに鎧を着込んでいることがある。
それに気づいて、脱いだり着たり、選んだり、できたらいい。

そしてその鎧を捨てるという「変化」もまた
無理にすることではなくて、
人は、冬が春になれば自然と厚いコートをに脱ぐように
そういう風に変化できるという大切さ。

そのために、私たちは自分を良く見てあげなければいけない。

鎧を着込んでるとき、ちょっと脱げたとき
無理をして愛想笑いしたとき、背伸びしたとき
人を攻撃したとき、おべっかを使ったとき
強がったとき、素直になれたとき

そのどんなときも、自分は自分の一番の味方として
傍で見ていてあげること。
「ふーん。こんなとき、わたしは断れないのか」
「なるほど、こういうとき、わたしって無理しちゃうのか」
「今、素直になれたのはなんでだったろ、良いな♪」
そんなふうに。

はがすべきものは、不要になったとき自然とはがれるもの。
頭ではコレいらないと分かっていても、
無理にはがして傷になるかもしれない。

味わって味わい尽くしたとき、
もう本当に必要ないなと心が思えたとき、
しぜんともう、脱げている。変われている。消えている。

なんだかとっても優しい話しだな。
イソップ童話の「北風と太陽」を思い出していた。

つづく

清里おいしす店記

2008.11.10 08:35|つれづれごと
わたしの鼻先は、毎年どうして!ってくらいに冷えます。
だから良く「鼻が冷たい、鼻が冷たい」と言っては
天狗の鼻を作るみたいにこぶしを鼻に当てています。

先日、今年はじめてわたしが鼻の冷たさを訴えた日、
それは確かに立冬の日で、ちょっと笑ってしまいました。

今は七十二候の「山茶始開(つばき はじめて ひらく)」。
山茶花(サザンカ)が咲く頃だそうです。
今日はサザンカ探して歩こう。



清里で、美味しくてあんまりすてきなお店に出逢ったので紹介。

蕎麦屋「いち

↓写真にマウスのポインタを合わすとコメント出ます。
明治病院という看板が残っています。古き良きモダンな建物。 看板がいくつかあってどれも可愛かった。さりげなく木に立てかけられていたりしました。 お庭が手入れされすぎてなく、素敵だった。30分近くの待ち時間ものんびりのんびり。孫とおじいちゃんが落ち葉で遊んでいましたよ。

店内もかわいかったー。光が差し込み綺麗! 働きやすそうでかわいいサービスカウンター。ご家族で切り盛りされていました。


森のレストラン「イゾルデ

ほんとーーーにすてきだった。おいしくって!!
びっくりしたのが、店内のゆとり。
席と席のあいだが広くとられていて踊れるくらい(笑)
でもなぜか「みんなで食べている」感じもあって、
すてきなお宅にお呼ばれされたみたいでした。

ご夫婦でやられているらしく、
ホール担当の奥様はにこやかに手際よく動きながら、
ときどき暖炉に薪をくべていたのが素敵だったな。

店の外は森。広いお庭はご夫婦で手入れをされているそうです。


ずいぶん冬らしくなってきたけど
このところ、ほんとうに空が素敵でしたね。

「いち」での待ち時間、頭上に飛行機雲が伸びていきました。
方角は、東京から西へ。
ぼんやり大きな鳥の姿にも見え、
何か暗示めいたものを、胸の内、感じたりしてました。

いちでの待ち時間。飛行機雲を見つけました。東京方面から西の方角と伸びていました。


***
深呼吸する言葉、区切りの100息まで
いよいよカウントダウン。3,2,1・・・・!

山のこと

2008.11.09 11:03|つれづれごと
清里で、紅葉の山に少し登れたらと天女山を訪れました。
山頂(標高1529m)までは車でいけてしまうのだけど
そこから歩いてほんの500M、でもゆっくり行ったので20分位
なかなかの登り道をゆくと、180度の絶景を楽しめる
「天の河原」というところに行けます。

八百万の神々が年に一度話し合いのために集まったという美しの森。
そのときに天女山に住む天女を招いて舞をさせたそうで
天女はその前にこの天の河原で身を清めたとか。

遮るものなく富士山や南アルプスが見渡せて
とても気持ちがよく、清清しい場所だったので
ちょうど天頂に昇ったお日様に向かって太陽礼拝をしました。

他にだれもいなくて、わたしの心に応えてくれるように
吹く風が、厳しくも優しかった。

天の河原にて。

帰りの下り道で考えたこと。
それは、まる2日間わたしたちを抱いてくれた屋久島の森のことでした。
天の河原から下る、最初の階段

あれまでの本格登山は生涯初のことだったし
(そのまえの、富士山登山もあったか~)
ずっと憧れていたところだからこそ思い出深いというのもあるだろうけど

人は、一度体験したほんとうの山との時間は
思っている以上に体にしみこんでいるのだな、と思いました。

なんというか屋久島の森がくれたいろいろな実感が
この天女山でのほんのわずかな時間にも作用して
わたしと天女山との距離をぐっと縮めてくれているというか。

『星の王子さま』でも語られる

  砂漠はどこかに水を隠しているから美しい

  このたくさんの星の中に、王子さまの星もあると思うから
  すべての星が王子さまの笑顔に見えてくる


星の王子さま―オリジナル版星の王子さま―オリジナル版
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そういうテーマに想いがリンクしました。
ほんとうに愛するものの存在は、
それまでなんてことなかった景色までもを輝かせて見せる、
そういうようなことです。

わたしたちは富士山を日本のシンボルとして
みなどこかで素直に納得していると思います。

小学生のとき、晴れると廊下の窓から富士山が小さく見える日があって
そうするとなぜかみんなが集まって
「わー」とか言いながら見たものです。
そういう記憶、あると思う。

わたしも、今は前以上に富士山を見るときの高揚感を実感しています。
清泉寮から、富士山

あなたにとって大切な山はありますか?
あなたに語りかけてくる山はありますか?
わたしには、あります。

身曾岐神社にて
姪の誕生花のひとつ、もみじ。
山梨で墓参りもしてきました。この山の紅葉がいちばん綺麗だったのが心に残ります。


以下、知人が呼びかけている話題です。
関心のある方、ご協力いただける方、ぜひ見てみてください。

高尾山にトンネルが掘られようとしていることご存知ですか?!
  虔十の会

松戸市の関さんの森を助けようという呼びかけもありました。
  関さんの森を育む会

清里へ行ってきた

2008.11.08 17:33|つれづれごと
「ニシノマジョカラ ヒガシノマジョヘ オバアチャンノ タマシイ ダッシュツ ダイセイコウ」

これを見て分かる人、挙手!

そう! 『西の魔女が死んだ』の最重要シーン再現です。
  →この本と映画については、7月に書いていたこちらの記事で


西の魔女が死んだ (新潮文庫)西の魔女が死んだ (新潮文庫)
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先日紅葉を見に、清里へ行ってきましたが
清泉寮というところで、この本が原作の同名映画のロケセット
「おばあちゃんの家」が公開されていました!(詳しくはこちらへ)

こういうところはほんとオタク体質なので
もちろん行って来て、主人公気分を体感。
周りの人の迷惑を顧みず、
だいすきなシーンを興奮気味に再現したりして。
(富良野は麓合の森(by「北の国から」)に行ったときもそんなだったなー)

おばあちゃんの家、外観。 だんろ キッチンかわいー! オーブンも実際使える状態らしいです 庭にある釜。作品中で、ここでおばあちゃんとまいがジャムを煮たり、ハーブを煮出したりしていたー

ハーブティのふるまいがあったりして
お庭でこっくり頂きながらけっこうのんびり過ごしました。

著者の梨木香歩さんのインタビュー掲載誌があったので
パラパラ見ていると、今まで知らなかったことがたくさん載っていました。

たとえば、シュタイナー教育を学ぶため英国留学をし
そこでのいろいろのことがきっかけで物語を書くようになったとか

デビュー作『西の魔女が死んだ』を執筆した動機は
当時、連日テレビで報道されるいじめや自殺の話題に胸を痛め
良くも悪くも共感性が高い自分(著者)は、
被害者(自分が胸を痛めた対象)の回復は、
自分自身の回復・再生でなければ叶わく

そのために自分のために書いたのがこの作品だった、とか

児童文学の世界でも名高い
臨床心理士の河合隼雄さんのところでアルバイトをしていて
河合さんがこの原稿を読んで、出版社に持っていって
「この原稿は、皆に読まれるべきものだ」という後押しがあって
梨木香歩作家デビュー!となったのだとか

「えーっ! そうだったんだ!!」
ということや
グッとくることいーっぱいあって
未読だった梨木さんの他の作品、この冬に読みまくろうと思いました。
ほんと、遅ればせながら。。。

とりあえずこの「おばあちゃんの家」で
『からくりからくさ』を購入し
来場記念スタンプを表紙裏にポン!と押してきましたよ。ふっふっふ。
からくりからくさ (新潮文庫)からくりからくさ (新潮文庫)
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清泉寮、眺めがまっことすばらしかったです。

富士山

清里の話題はまだ続く。。。
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