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大川久乃です。

『はたきがけこうしん』(文・大川久乃 絵・下田昌克
こどものとも年中向き/福音館書店/2016年6月号



『キャベツのくすくす』(文・大川久乃 絵・伊藤秀男
こどものとも年少版/福音館書店/2012年6月号



定期購読のほか、
お近くの書店、
福音館書店MO係 TEL:03-3262-1642でご注文可能。



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絵本WSの作品くすくす報告 

2008.10.31 08:00|絵本や童話のこと

キャベツのくすくす
絵本『キャベツのくすくす』

10月最初に参加した、練馬区主催の絵本作りWSにて
わたしがはじめて絵も言葉も手がけ作った絵本タイトルです。

本文ページはもちろんのこと
じっさい作っててかーなーり面白かったのが
背とか、奥付とか、表紙裏、最初と最後の見返しのページとか!
奥付なんていきなりはじめっから作っちゃったりして
わたしってオタクだなーと嬉しくなりました。

感想ノートも展示会場に置いたのだけど、
使いかけの月光荘のスケッチブック(ポストカードサイズ)、
ブルーの表紙にこのキャベツを描いて、
一目でキャベツのくすくすノートだと分かるようにしたのも楽しかった。
かーわーいーいー! ってひとりにやけたのもお約束!

展示後、返送されてきた絵本、そして感想ノートも
ありがたいメッセージがいっぱい書いてあって本当に嬉しい!
宝物です。


自分も含め、他の人たちの作品も
紹介したい! と思ったのだけど
みなさんどこで発表されることになるか分からないので
内容に触れるのはやめることにします。

でも、タイトルだけ思い出せるものだけでも。

ほんとうに個性的なすばらしい絵本ができあがったのです。


はじめてのできごと

ひねもすのたりのたりかな

あーちゃん

ポストの休日

スタウトスズシロ

ボタン

優菜の楽園

☆※*+%$#!@

※何を書いているのか断定したくないからと
 記号のようなトンパ文字みたいな
 作者独自の「読めない言語」で書かれていた本


キラリーマン

からすのりょこうや

8時だるま 9時ばば 10時じじ

※この3つはタイトル忘れ。
 でも、出てきたキャラクターたちの名前が印象に残っていて
 ほんと楽しかったもの!



切り絵と五・七・五・七・七の句で夏の思い出を綴った本

日本の秋の表情を水彩で描いた言葉のない本

なんかもありました。



最後に、講師の仲倉眉子先生の語録!!


生きていれば毎日ひとつは(頭のなかでなら)絵本ができる!



大人になると想像力が低下するなんて嘘!
経験が豊かになればなるほど想像も豊かにできる。



自分探しなんて言うけれど、そうじゃない!
いかに新しい自分になるか、なのである。

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3つのうた

2008.10.30 08:13|tuckchickborn



ありのままとは

自分をつくる
 すべての人
  じかん 命 ことば 想い
   愛 血 風 光 水 土

それらすべてを享受する
自分自身というもの


ありのままで奏でる
ありのままで紡ぐ 生きる

そうしたらもう
ひとりぼっちで戦っているなんてエゴは
幻のように
立ち去る

きんちょうも
おそれも
立ち去る




紡ぐとき
奏でるとき
叫ぶとき

それはすべてが
感謝で在れ

それはすべてが
決意で在れ

それはすべてが
供養で在れ

そのときはわたしはわたしの
マントラを紡いでいる
うそも にせものも ありえない

24時間一昼夜
わたしはわたしの信仰を生きている

自分の紡いだことばを
うたがうよちも
ないほどに なれ




人は 人のやさしさに
心うたれるとき

そのやさしさが 自分にも
あることを知る

自分にもあるからこそ
かがみになって 映るんだ

映り とらえられるからこそ
感じられるんだ

愛も
光も
ときに弱さも 同じだろう


なのであれば
神を描くとき
神を詠うとき

わたしは人の内にある
神性に
神聖に
敬意をはらっているかどうか?

神を描く者は
描く対象の神と
内なる神を同時に描く

しかしそれを
人のために描くとき
そこに みじんのおごりも ないか?

すべての人の内なる神に
むかうことなのだと
畏れを抱いて とりくんでいるか?


芸術とは 美とは
その畏れを
あらゆるものに抱き

感謝し賞賛したくてたまらなく
ようやくこぼれた
ひとしずくの汗
ひとしずくの光
ひとしずくの涙
ひとしずくの血


それを
己に 肝に命ぜよ

-3つのうた-

おおかわひさの

(続き)背中の眼-自分の背中も意識する

2008.10.29 08:45|ヨガ シリーズクラス1
わたしはコントロールが下手だと思う。
何かを吐くとき、思った以上の毒を吐いちゃったり
スッキリするために愚痴を言っているつもりがさいご
それに捕われて、ネガティブな思考に陥ったり。

わたしはこれを、
ないものねだり=背伸びとか求めすぎ
だと思っていたけど、

結局、筋力が足りていないんだ。
自分の感情を受けとるだけの体ができてない。
喜びも悲しみも、エネルギーとしては同じものらしい。
つまり、今のわたしじゃマイナスもプラスも、手に余るってことだ。

背中の眼を開眼したい。眠っている眼を開きたい。

前ではなく、いつも少ぉし上を見ていたんだと気付いたばかりだったけど
いかに自分が、後ろ姿や自分の背中を感じられていなかったかにも
びっくりするくらい。

わたしは、この全体でわたしなのに。
前面ばかりを取り繕ったり、対処してばかり。

足元、背中、そして正しい前方。
見たいものだけを見てきたわがままなわたしだけど
アヒムサを守るために、もう少しは強くなりたい。

最後にもういちど黙想をして、今度は自分にとっての
「正直」について発表した。

わたしは、やはりこれも、背伸びをしないことだと言った。
そしてもうひとつ、自分の内なる叡智に尋ねてみて
聞こえた気がしたこと、と前置きをしてから

自分の過去や経験や理想ではなく
体が、心が、教えてくれていること・答えてくれていること、
それがわたしの正直だと思った、と言った。

YamaのひとつめがAhimsa、
そのあとにsatyaが続くが、これは「真実/正直」。

でもその正直とはアヒムサ(非暴力)であることが大前提なわけだ。
つまり、思いやり。

相手に罪悪感を抱かせ傷つけるような正直は
アヒムサでないからサティアでもない。
真実ではないんだ。   なんて、なんて、大切なことだろう。

次週は祭日でお休み。
課題は 正直でなかった瞬間を意識してくること!

※Yama=
ヨガ・スートラという教典のなかにある
ヨガの八支則のうちのひとつめ。
「道徳」のようなものと理解していたけど
社会的規律、なんていうふうにもナオ先生は仰っていました。
ヤマはさらに5つの項目に別れ、
ひとつめが、アヒムサ(非暴力)
ふたつめが、サティア(正直)というわけでした。

背中の眼-自分の背中も意識する

2008.10.28 08:15|ヨガ シリーズクラス1
ハタヨガ入門シリーズ 7回目。

いつものシェアリングの代わりに、
黙想して自分の「暴力」についてを考え、発表し合った。

わたしは、背伸びをしてしまうとき
自分なりの幸せをよく知っているはずなのに
それ以上(もしくはそれ以外)を求めたり、

考えすぎて自分を追いつめることを
自分の暴力だと言った。

そのあと、質問をした。
わたしは自分のネガティブを人に聞いてもらうとき、
いつの間にか聞いてもらっているその人迄を攻撃してしまうときがある。
たぶん思っていた反応をもらえず、時には自分の非を指摘されたりして
ならばあなたも敵! っていう勝手な意識の動き。。。
まったくどうしてこうなのでしょうと。

ナオ先生がヨガで説くところのエゴについて教えてくれた。

・人を支配したい
・人に支配されたくない
・自分が正しい
・相手に罪悪感を抱かせる (他にもあったなぁ・・・)

耳がイターイ、心がイターイ!
これはまさに、自分の暴力の姿だと思った。

では始めましょう! とスタート。

お腹のマッサージから。肋骨の下の筋肉を和らげる。
これをして、呼吸が深くたくさん入ってくるようにする。

まっすぐに立ち、両手両かかとを呼吸に合わせて上下させる動き。
バランスを取りつつ、足裏のマッサージもした。
両手両かかとをあげたところで呼吸と共に制止する、
その時間を徐々に長くしていく。

片足前、もう片足を後で行うポーズで
バランスにも挑戦したり、
連続ポーズをいくつかして、筋肉に負荷をかけていく。
内太もも、腹筋、そして背筋を目覚めさせていった。
息があがり、汗もじんわり。きつーい!
そしてやっぱり言われることは「足から意識を離さないこと」。

わたしたちの花は、お腹のあたりから咲いて胸で花開くらしい。
でもそれはおまけ。大切なのは根っこ。

根っこを大切にできたおまけが花。
でも花を咲かせるために根っこを大切にするのではない。
根っこが自分だから、その自分を大切にするんだ。

そのためにある程度の筋力はやはり必要。

足を揃えて立って腰を伸ばしたまま90度に倒すのも
かなりキツイのだけど、
これって太もも裏の筋肉を使うらしい。
その筋肉があってはじめて腰を伸ばす力になる。
伸ばす腰や背中の、やわらかさだけじゃあないんだなぁ。

体のパーツパーツが複雑に影響し合い
繋がり合っていることは、動いてこそ痛感できるんだ。

コブラのポーズで背筋を反らせるような動きをしたり
仰向けになってお腹と胸だけを持ち上げるポーズから
背骨のひとつひとつを上から下ろしていくというお気に入りの動きとか、

「背中が感じられるようになったでしょう」と言われた。

確かにそうだった。

呼吸のときに背中も感じること
背中にも呼吸を入れ、胴を感じて息をすることが、
やっとはじめて少し分かったことに気づいた。

分かってなかったことに気づくってすごい快感!!

続く。

自分のために-根を張る

2008.10.27 08:30|ヨガ シリーズクラス1
10/20 ハタヨガ入門シリーズクラス6回目。

いよいよ折り返し地点ということで改めて目標というか
「決意表明」を紙に書いてくることが宿題になった。

今日の夕方には7回目のクラスがあるわけで
もう先週のふりかえりとなってしまうけど書きます。


まず感想は、呼吸が浅い日だったなぁということ。
前回(10/6)からは2週間ぶりということもあったからなのか?

やっぱり自分で行う練習では足りてないな、
連続の実践あるのみなんだよなぁと
つくづく思いつつもなかなか行動がついてきていませんが、
今はここ、ということなのだろう。

動きは前回の動きにプラスして、
吐く息、呼吸を止める時間をそれぞれカウントを取りつつ徐々に長くしていく。
吐く息、息を止める「間」、長くすればするほど
体に力が入り、結果苦しくなってしまう。むずかしい。
ある意味、気づきを得る暇がない、みたいな感じ。

でもお腹のマッサージは前よりも恐怖心なくできた。
お腹には、毒素や悪い感情が溜まり、堅さになって現れるらしい。
わたしはそこを触ることが、怖いらしかった。


ナオ先生からのガイドは、とにかく
足から意識を離さない! ということ。

前回のクラスのとき、わたしは本当に元気がない状態だった。
でもその分、気づくことも多かった。
今までにないくらい、いろいろ感じることができた。

「わたしはいつも、まっすぐのつもりがちょっと上を見ていた」
という気づきは大きく、わたしの心を未だ捉えている。

アヒムサのときと、暴力的になるときについても意識的に考えてきたし、
自分に必要なもの=目標、決意が、ここからいろいろと見えてきた。

今日はそれを発表するか、先生に伝えることになるのだろう。

言うよりも行うが難し。わたしは特に。
だから大切に、ノートと心の内に留めよう。


それから、クラスの半分まで来て
だいぶみんなとも話しをするようになって楽しい。
でも、それに伴うようにして、ちょっと思ったことは
わたしは、何のためにここに来ているのか
もっともっと自覚をしていようということ。

根をはることも、練習も、このクラスに通うことも

ナオ先生に証明するためでも
人に誉められるためでもみんなに会うだけのためでもなく
自分のためなんだ。

その自覚を見失ったら、言い訳を始めるから。
言い訳をはじめて、ズルすることをゆるしちゃうから。
わたしはほんと、「おちょうしもの」だからねぇ。

これから寒くもなるし、
ヨガの練習をもっとちゃんとしたいし、
目標も見えているわけだし

ますます自分のために、自分の足から離れちゃだめなんだと思う。

来年も予定される、このシリーズクラスの続編を受けるためにも!

手づくり絵本の展覧会

2008.10.18 19:05|絵本や童話のこと
練馬区文化芸術振興支援 武蔵大学連携事業
大人のための絵本作りWS
本日3回目の会を持って終了しましたー

そして明日は、わたしを含めWS参加者による
手づくり絵本の展覧会が行われます!

10月19日(日) 午前9時~午後5時 入場無料
練馬文化センター 2Fギャラリー (HPはこちら)
練馬駅北口 徒歩1分
問合せ 練馬区文化国際課文化振興係 03(5984)1480

今日は互いの作品をそれぞれに見てまわり
感想ノートにコメントを記しあいました。
ほんとうに想像以上に期待以上に
自作を含めて! すばらしい絵本たちができあがっています。

最後にはまた出席番号一番のわたしから
こんかいのWSの感想を言ったのですが
感激屋のわたしは涙が出そうになっていました。ははは。
今回ほんとうに参加してよかった。

そして講師の仲倉先生が仰っていたように
本は読まれて完成します。
明日はたくさんの方に見ていただけることを期待して
絵本がどんな顔になって帰ってくるか楽しみです。

明日はどうぞ、お時間ある方、会場へお出かけくださいませ。


午後は、吉祥寺のラ・フォルテへ。
わたしの朗読会でもピアノを弾いてくれたことのある
ピアニスト 丹原要くん主催の朗読音楽コンサート
「くまのパディントン~はじめてのコンサート~」
を観てきました。

要くんはリトミックにも通じていて
じっさいに講師もされている方々も関わっていたりして
会場にはたくさんの子供たちが。
朗読をされていた藤田三三三(ささみ)さんの語りがすばらしかった。

実はわたし、パディントンを読んだことなかったのですが・・・
おもしろかったー。
やっぱりじっくり取り組んでわたしもひとつキャラクターを作ってみたい
いいお天気の井の頭の森を散策しつつ、思いました。

そして複合芸術ってなんて素敵なのかしら。贅沢だし。
ピアノとパーカッション(×2)で作り出す音世界は
目の前の空間にたくさんのもの、見せてくれました。ほんとに。
要くんのピアノが前よりもぐんと優しくて語っていたのが印象的でした。

シフォンケーキがふっわふわでおいしい
ハーベストにてお茶をしてから帰りました。
ジブリ美術館の界隈をぶらぶらしつつ夕闇が辺りを包むのを待ってから帰宅。

平日より早起きしたので、長く充実した一日になりました。
へとへとらー

ネイティブ・タイム

2008.10.17 08:30|読んだ本のこと
10月15日は満月で、その夜も昨夜も綺麗に空に出てました。
この満月は「収穫月(ハーベスト・ムーン)」の翌月にあたり
「狩猟者の月(ハンターズ・ムーン)」
ネイティブ・アメリカンの人たちが呼ぶ月だったそうです。
(北山耕平 Native Heart より)


先週、プロボクサー氏家福太郎くんの試合を観戦しました。
何度か応援へ行っていて、その度ちょっとだけ気が進まないのに
(人が殴り合うのですしねー。あと後楽園ホールの煙たさが・・・)
試合を見ていると、いつの間にやら声を張りあげ、
わたしったらエアパンチぶんぶんがんがん。
「やれー! いけー!」と荒っぽくなり、
そしてなぜか涙が出ちゃうんですよね。
これ、何だろう。とあとでいつも思う。笑

幼少のころ流行っていた
女子プロの「クラッシュギャルズ」は一応応援してたくらいで
今のわたしはまったく格闘技系は見ません。
氏家くんの試合のあとも
「痛いだろうに。
 なんでみんな、そんな姿を見たいのかねぇ」
と、それを言っちゃあ。。。みたいなことをたいてい呟く。

でも、彼の試合を見ているあいだは興奮し、
泣くわ叫ぶわ、おそらく一番楽しんでるような観客と豹変してます。

こう言うと月並みだけど
生の実感がそこにはあるのかもしれない、と
何度目かの観戦でちょっと思いました。

やらなきゃやられる。KO勝ちを狙えばなおのこと。
相手の足がふらついていれば「いまだ!」と思ってしまいます。

今回の試合、氏家君は判定負けでした。悔しかったなー
でも、ちゃんとみんなにお礼をし、
相手の勝利を称える姿は感動しました。

そして、、、戦争は、愚かだなぁ。と心底思ってしまった。

わたしたちはスポーツになると
こんなにも相手を尊重できる。
それはプロならなおのこと訓練された「精神」がある。
彼らは「戦い」のプロなわけだ。

でも戦争は、国の大義名分で、
まったくの素人がかりだされ戦わされ殺し合いをさせられる。
それこそやらなきゃやられる世界。
それを良しとするのは「国」という単位、枠組みがあってはじめて。

でも、国って誰ですか?
国ってどんな顔ですか? そう考えたことがある人は多いはず。

国という顔のない王様のために、
人は、気づいているはずの愚かさを、憲法を用いて言い訳して
愚行をくり返している。

さて自分って誰ですか?
私ってどんな顔ですか?
こころは「それ」を、どう判断していますか?

日本人って誰のことですか?

話しが飛躍しているようですが、
一連の大きな波の中であれこれ考えを巡らせています。

『ネイティブ・アメリカンとネイティブ・ジャパニーズ』読了。
ネイティブ・アメリカンとネイティブ・ジャパニーズ

いつから日本は日本だったの? に代表される
子どもの頃から感じて大人に投げかけてきたいろいろな疑問が
今わたしの心の中で、
水を与えられたワイルドストロベリーの葉のように
ぐんぐんまた顔をもたげてきています。

知りたいことがたくさんあった。知りたいことがたくさんある。
その質問に真っ向から答えてくれるものが
ここにたくさん詰まっていそうです。

『ネイティブ・タイム』
ネイティブ・タイム

読書も旅。ひとつひとつ歩んでいこうと思います。
とりあえず、次は『ネイティブ・マインド』読んでみます。

コンコンブルの夜

2008.10.14 08:30|暮らし
先週はほんとうに予定が続いてしまって
また、今週土曜の朝には完成していなければいけない
絵本作りのこともあり
覚悟はしていたものの、家のことがさっぱりできませんでした。

でも! おかげさまで出来あがりましたー!!
わたしのオリジナル絵本! あとは製本するのみ。

11(土)に絵本作りWS二回目があって中間報告をし合いました。
今度の土曜にWS最後となる三回目の集まりで講評し合い
翌日の19(日)には展示です(@練馬文化センターギャラリー)。

作品についての紹介はそれ以降にします。
とにかくすごくうれしいです。


今週はヨガのシリーズクラスが祭日でお休みなので
オープンクラスに行けたらと思いつつ行かんかったです。
ようやく平穏な日常を過ごすので
家で練習実践しようと思いそれまた楽しみ。
課題の「アヒムサ」についても、よぅく見つめなくちゃ。

でもこれも忙しさの中で、
「家のことができない!」とか
外食続きの身体的ストレスとかで感じる
自分で作り出すプレッシャー・罪悪感・焦り・いらつきetc
みたいなものと付きあいながら、
自分への暴力(エゴ。イジメ)の「クセ」が分かった気がしました。

やっぱりとにかく完璧主義なんだな、
じっと静かに内省してみたいと思います。


そんな先週、しばらく行けてない茶福楼
行きたいなぁと思いつつ行けずにいて
絵本作りに没頭した3連休のある日
近所の大きな公園へ散歩に行きました。

公園中央には歴史の深いお茶屋さんがあるのですが、
わたしはそこで、ところてんを食べようと入りました。

するとなんとー!
もつ煮込みを食べる茶福楼オーナーにばったり☆

お日さまの下、秋晴れの風を体に受けながら
おいしい匂いと人々の笑い声に囲まれて
青空カウンセリング。そこはもう茶福楼。笑

でもせっかくの休日に、仕事させちゃったなー。

ほんとうにすごい偶然、このタイミング。
オーナーありがとう! いつもありがとう!

いやぁ、ついてるー


タイトルは、「チュニジアの夜」みたいなフレーズでお気に入り
先週行った渋谷のフレンチレストラン「コンコンブル」から。
数ヶ月越しで約束していた女性ふたりとフレンチディナーしてきたのです。

居心地の良い店内やお店の人は気取ってなくて、
こちらも肩肘張らずに済むのだけど、丁寧さと清潔感が溢れてる。
メニューについて恥ずかしがらずに何でも質問できたのは、
上質でプロフェッショナルなホスピタリティのなせるわざ。

パリの街角といった感じで、おいしいしリーズナブルで
ほんとうにいいお店でした。今度はランチでも行ってみたいなー

雨の降る夜でしたが
駅に着いたら雨がやみ
店内入ったら降り出して
帰るころにはまた雨あがり。
ついてるー

(続き)自分の木-足を感じる

2008.10.13 01:30|ヨガ シリーズクラス1
自分にとってのより正しいポーズに近づけると
終わってタダーサナに戻ったとき
呼吸は荒いのではなくて静かに深くなっていて
熱い息じゃなく、穏やかな熱の息が出るんだな。

「あー気持ちが良いな」とほうっとなっていて、
足は数センチ長くなっているみたい。
足裏は地面に埋まっている感じ。

でも不思議なのが、自分が少し小さくなった感じがすること。
大輪の花なんかじゃなくて、野の小花みたいに咲いている感じ。
オーラが小さくなっているのかなぁ、
それとも大きく見せようとしていたものが、
ストンと心地よくおさまっている感じ。

ただまっすぐの辺りを見ている目元は、
わたしがいつも上を見ようとしていることを教えてくれる。

特に肩幅はひとまわりくらい小さくなったようで軽い。
さっきまでが大きくて嫌だったとかはないのだけど
とにかくそんな感じがして、それが心地良いことに気づいたという感じ。


「やりにくさ」を感じていた前屈も。
一回目。ナオ先生のガイドのおかげで
前屈もだいぶ気持ちの良いものになりつつあるけど
息が続かない感じがあるのと
自分の堅さが分かるからなのか、ついつい自分をいじめてしまう。

そのあと、みんなで自分にとっての前屈を探して2パターン試す。
膝を曲げてみる。
次にはブロックを使って手をつく地面を上げてみる。

わたしは膝を曲げての調節ではどうしても頑張ってしまうから
ブロックもあった方が上半身がリラックスできた。
背中や頭が地面に頑張って向かうのではなくて
ももの伸び、背筋の気持ちよい伸びと脱力を知る。

そうすると、呼吸のたび体は柔らかくなって、ポーズが深まる。
いつまでも前屈をやっていられそう・・・って初めて思った。
ほんとうに、初めて前屈をしたみたいだった。

そしてタダーサナ。すとん。また小さなわたしに戻る。

足が地面に張り付いている。
両脚は木みたいに強く太くて、
上半身は風を受ければたゆたうくらい軽い。

あ、でも、最後の木のポーズは
まだまだグラグラがやってきた。
すぐにはそりゃー、木にはなれんねぇ。
でも、わたし、そう思って楽しかった。

先生も言っていた、木は色んなカタチをしているから美しいって。
確かに屋久島で、ほんとうに色んなカタチの木々を見たもの。
どれもきれいだったもの!


終わってみて、
ヨガ前までは、空っぽだった足や胴は、呼吸や力で満ちて、
上半身はこじんまりとして心地良い。

わたしはいつも上を目指しているなと思った。
下に根をおろして、体の中を満たそう、
そうしたらこんなにも心地良いんだから、と、思った。

花を咲かすのはおまけという、ナオ先生の言葉が少し分かった。

それから、結果を求めない、という言葉も。
ヨガをしたからといって急に悟れるはずはなく
大きな気づきがもたらされるかも、仮にあったとしても、
それはおまけ。
できないことがあっても、それを見つめること、知ること。
達成や気づきや悟りという結果を求めてヨガをしたら
すぐにつまらなくなってしまうって。

ほんとそうだな。

生きること、夢や目標についても、そう考えられたら良いのかも知れない。
出版や受賞という結果を求めるばかりじゃなくて
今の自分が書くお話しを楽しめたら、味わえたら・・・

初めて呼吸をするような気持ちで、
初めてポーズを取るような気持ちで、
そう言うナオ先生のガイドも大好きだけど、
そっかまさに、いつも、これが初めてのお話しを
書いているんだというような気持ちで、味わう。楽しむ。


体の中や心に元気がなくなっていたから
こんなにも感じられたんだろうな、と言ったら
ナオ先生が「そう考えると、全部ギフトなんだよね」と言ってくれた。
ほんと、そうだな。

事実につきまとう色々な心配や恐れを、
まるごと受け容れたりはまだ出来ないし
いっぱい戸惑っているけど、でも今日はギフトだな、確かにそうだな。

「うーん、でもぉ。。。」とまだまだ思っちゃったけど
今これを書いていてほんとうにそう思える。

わたしはわたしを味わうことしか出来ないんだ。


最後にアヒムサ(非暴力)の話しがあった。

次回までの課題は、自分が、
1)アヒムサでいられるとき
2)暴力をしてしまうとき(自分に対するエゴとかも)
を感じてみること。

自分の木-足を感じる

2008.10.12 09:15|ヨガ シリーズクラス1
10/6ナオ先生によるハタヨガ入門シリーズクラス5回目。

またもや雨の月曜日。
でもスタジオに向かう頃にはきれいな三日月おぼろ月。
寒くも暑くもない春みたいな秋の夜風。

ヨガ前の時間、先日録画した手嶌葵さん出演「僕らの音楽」を観た。
テルーの唄、だいすきだ。
そして手嶌葵さん歌う「元気を出して(竹内まりや)」に涙ぽろぽろ。
「Over the rainbow」に希望を見た。

わたしは落ち込んでいて、理由は分かってて
ただその事実を受け容れる方法が分からず苦しい。
あるがままでと分かっても、心が抵抗している。

でも今日はクラスで「今日の私」を発表するから、と
一日自分を観察することができていた。

足元がぐらついていた。地に足が着いていない感じ。
身体が空洞で心許なく、呼吸も浅い。
風邪をひいているみたいに節々がぎこちない。
頭だけは絶えず何かを考えていて、重い。

「今日の私」紹介では、まんまを話した。
ふたの外れた目からは涙ぽろぽろ溢れた。
それでいいと言ってもらえたし、これでいいのだと思えた。
わたしは今、落ち込んでいる。わたしは今、すぐに泣いてしまう。
そしてこの世を愛している。

沖縄帰りで新しい1年を迎えたばかりのナオ先生は
いつにもまして輝いていて
言ってくれた、「シンクロしたね、今日のテーマは足です」と。

数ヶ月前より方々から
「人を変えようとするのではなく、自分を変える」
というメッセージをもらっていて
そうかなるほど、と実践してきたつもりのわたしに
ナオ先生は更に、
「自分も変えなくていい」のだと言ってくれた。

自分を味わい尽くしたとき
変化は自ずと自分の中から起こってくると。


さぁ、アサナ。

地に足つけて立つ。タダーサナ。山のポーズ。
ふと思うけど、これってただ立つことなのだけど
まさに「ただ立つ」→「ただアサナ」だな。
そして全てがここにある、みたいな!

両足裏を感じる。感じまくる。そしてウージャイの呼吸。
そして呼吸で内包する動きで、両手挙げ+伸びをして、下ろす。
片足前、もう片足後で、片方ずつの前屈。
次には、三角のポーズと三角ねじりのポーズを流れで。

体を起こすときは呼吸に導かれ引っ張られるように、
そして少しの筋力で起きてくること。
足から意識を常に離さないことを、ずっとガイドされていた。

今日はより少し分かる気がした。
呼吸に身を委ねると、エネルギーが回り始める。
地面から昇ってきて地面に還っていく呼吸。

ナオ先生が言っていた、そういう動きが出来てくると、
丸い動きになっていると。手指まで伸びて、動きは優美だって。
サバンナを歩くヒョウの動きは、まぁるいでしょう? って。
あたまの中で想像した、あんな風に、動けている自分を・・・・・・。
素敵なガイドだったなーーー

そのあと先生が、
「こうなっている人が多い」と動いて見せてくれた。

背骨の上に頭を置いておく=背筋まっすぐ
を、忘れてしまって
頭だけが地面に向かって折れているカタチ。

これってまさに「頭、先行」。
気持ちだけ先行しているカタチ。
わたしもやっているかも! と思った。

そして改めて三角のポーズ、三角ねじりのポーズ。
あ、違うーーーーー!!! ぜんぜん違う。

背筋を伸ばすことをちゃんと大切にしてみると、
わたしの頭は下を向かない。
でもさっきよりも呼吸が入ってくる、流れる流れる。
もも裏や、横腹が伸びる。


続く。

絵本展覧会、本日晴天

2008.10.10 08:40|絵本や童話のこと
田中清代さん個展
 H.C. アンデルセン・おはなしのイメージ vol. 3.5 @ギャラリー福山(~10/11)


前回から拝見させてもらっているシリーズ展の旧作展。
きよさんの絵の魅力は、大人気絵本『トマトさん』にももちろん流れる
あの、脈々とうごめく生きた線! に思います。
虫の生態をじーっと眺めているような、ふしぎな陶酔感を覚えます。

無数のアンデルセン作品の、
やむにやまれず生まれ出た! という感じ。
痛みも喜びも含んだ生々しいほどの息吹。
メルヘンちっくだとか、ファンタジーだとか
子ども向け大人向けとか、天才奇才だとかいう論議は
まったくナンセンス、
アンデルセンはまず「生きた人間」だったと伝えてくれる。

わたしはそんなアンデルセン作品が何より愛おしいのですが
きよさんのエッチングの世界は、その「感じ」が損なわれることなく
うれしいほどです。

そう、なんだって大切なのは、「あの感じ」。
自分の感じる何かの息吹を表現するに、
言葉でする人、絵で出せる人、音楽で奏でる人がある。

アンデルセンはもうほんとうに物語でだったし
きよさんは、あの線で、なんだろうなと思いました。

こういうのこそ素敵なコラボレーションなんだろな。
時空を超えたコラボレーション。


山本久美子さん個展
 リトグラフによる絵本原画展 @pin pointギャラリー(~10/4で終了)


フランスはLirabelle社より刊行予定の
『金魚(仮題)』の原画を中心に展示されていました。

もはや久美さんの「紅」! と呼びたい朱色が効いて
いつもながらに魅力的な表情の子どもたち。
すごくきれいでした。
へこ帯のしゃかしゃかの手触りや音が
全ページに鳴っている気がして
夏風やひやりとした日陰を思い出します。
あの空気感、リトグラフだからまた出せる雰囲気なのかなぁ。

でも懐かしいだけでもきれいなだけでもないのが久美さん。
子どもの内包世界を捉えながら、
これをシュールというのかどこか距離を持って見ている感じは、
じっさいに3人のお子さんを産み育てた経験の賜なのかな。

わたしは入り込んで見えなくなるというスパイラルに陥りがちだから
いつも勉強になります。

ピンポイントの方が、麦茶を出してくれて空間しばし独り占め。
ぴちっ・・・と氷が溶ける音がしたりして
久美さんの絵の中で過ぎた夏を味わいました。



おとつい、路地を曲がったときに金木犀の香りに気づきました。
深呼吸する言葉ネットワークでだれかが詠っていたから
そんな季節だなーと思っていたけど、この鼻腔をツンとやっと。



昨日はジョンレノンの誕生日でした。
朝からJ-Waveでジョンの曲がかかってごきげん。
「今日はジョンレノン・デイ」と言っていました。
生きてれば68歳だって。

きよさんに会った高揚感とやる気
そしてジョンの曲がかかりまくるラジオに背中を押され
夜中まで、絵を描きました。
 →絵本WSで制作する作品は
  今月19日(日)練馬文化センターギャラリーで展示されます。


Love is free Free is love・・・・・・

「Love」やっぱり沁みるぜーーーー
両親と姉夫婦の結婚記念日、本日晴天なり。

出席番号1番 絵本作りWS

2008.10.07 08:30|絵本や童話のこと
抽選の倍率が2.4倍だったとか
出席番号が1番だったこととか
フタを開けてみて驚いてしまった。

一ヶ月程前、だんなさんがチラシを見つけ持ってきてくれた
練馬区主催の絵本作りワークショップ。
絵、文、そして製本まで、まるごと一冊
オリジナル絵本を作る。


絵本作家になると公言したのは中学生のとき。
以来わたしにとってはこの他になかったうねうね道のりに
ずっとあった「絵はやらないの?」の問いかけ。

それに対する答えに自信をもつには
「いや、やるよ」という実践・経験があった上でなければ
わたしの場合、未経験=コンプレックスのままになってしまう。

絵本の文章作家としてひとりだち出来たとき
自分という絵描きを選ぶことがあってもまた楽しい。
何より、自分の絵は「選べない」のではなく
「選ばない」のなら意味がある。

この道を自信を持って歩むために
もっともっと自分になるために
やることにした! 絵本作り!
今ならやれる。ほんと、しかるべきタイミングに思う。
おおげさに聞こえるかも知れないけど、
新しい経験はいつだって一大決心。


そのWS第一回目が先日いよいよあり参加。
参加者25名ひとりずつ自己紹介+心の一冊(絵本)の紹介と、
講師である絵本作家 仲倉眉子 先生による絵本作りの「手」の講義、
時間の最後には、ひとりずつ早くもオリジナル絵本の構想発表。

皆どきどきしたり恐縮したりわくわくしたりしながら発表。
わたしは出席番号1番だからどれも一番に発表。
自分のは作品で表現するとして
他の皆さんの発表がすごーーーく勉強になった。

絵本ってすごいな。。。ってまず思ったし感動した。
皆さんの作る絵本の構想が、本当に面白かった。
思わずメモをとりまくるほど。
見させていただくのが、純粋に楽しみで、励みになる。

感動していた、
なるほど、絵本ってほんと自由だな。
なるほど、どんな経験もほんとに財産だな。
なるほど、絵本ってほんと生活だなって、改めて。

先生が仰った。
大人になると想像力が低下するというのは嘘。
経験が増えるのだから想像の幅は広がるのが道理。

ほんと、そうだと思う。
いかに、頭で知ることと、体得や心得ることを混同せず、
経験(=知識)に執着せず自由になるかがきっと鍵だけど!


今回のWS、下は18、上は60代くらいの方迄。
女性が圧倒的多数だけどご年輩の男性もふたりいらした。
こういうのって地域の主催ならではかもしれない。

全3回。3週間の間に、一冊完成させる。
構想は、もう数ヶ月前からあったものを使って。

こないだ初めてアクリル絵の具を買ってきて
まずは一枚描いてみた。

自分が描ける絵ではなく、求める絵を求める。
わたしは絵描きじゃないから、
自分の常識を越えることにチャレンジします。

小さいときから今日までのなかで
一番「ちゃあ」らしい作品を作りたいと思っています。

テーマは命のサンバ! なんつって。
とにもかくにもやらなくっちゃー!

4人+はじめてのおチビ

2008.10.06 08:30|暮らし
ロックの日に赤ちゃんを産んだ友人宅で
久々になかよし4人組全員集結。

無計画な持ち寄りパーティなのに
パーフェクトなランチメニュウ!

081005_1245~01[1]

栗の炊き込みごはん+ふかひれスープ(Emi)
変わり種コロッケ+味噌カツ(Miho)
煮目玉焼き+オクラの浅漬け(Char)
デザートはティラミス!(Shihomi)

ちょーーーーー美味しかった。
ちょーーーーー楽しかった。
赤ちゃん
ちょーーーーー可愛かった。

入籍報告もあったりして!


10代終わりに出逢った私たち。

帰り道しほみの車の中で色んな話しになった。
知っていたこと知らなかったこと
いろいーろ話した。
いい雨が降っていたからいっぱーい話した。


うちら、大人になったねぇ。
うちら、ちゃあんと歩いてきたねぇ。
その晩の雨もまた、まるでそんな拍手喝采。


めまぐるしい毎日。
たくさんのブログは頭の整理整頓と日々の爪痕。
そうそう先日姪っ子たちと「崖の上のポニョ」観てきました。
わたしは二回目! やっぱりよかった。
さいごは子どもたちと一緒になって合唱!
そう、これがしたかったの!
彼らと一緒に生きている今という時代に
ジブリ映画も生きているから、
一緒に観て歌いたかった。

生命謳歌! 生命賛歌を!!

30さいになったわたし。
ここからこそ。今だからこそ。
書ける。のだ!


10代20代は必死に本を読むべし。30代からは必死に本を書くべし。
           深呼吸する言葉・きつかわゆきお(20081005)



自然の恵み物

2008.10.04 23:00|暮らし
先日遊びに来た沖縄の友人夫妻のおみやげ。
沖縄は宜野湾にあるというショップ
アイランドアロマの手作り石鹸。

ハイビスカスと海をイメージして作られた手作り石鹸

沖縄で地元の情報&観光誌のライターとしても活躍する彼女が
仕事で訪れて気に入ったのを、チョイスしてくれたそう。

それぞれハイビスカスと海をイメージして作られた石鹸は
どちらもきれいなマーブル模様で、香りも良く
顔にも身体にも使わせてもらっています。

あんまり気に入ったのでサイトを訪れてみると
管理栄養士の資格も持ち
生活の木 六本木ヒルズ店のオープニングを勤めた元店長さんだとか。
なるほど納得の使い心地です。。。


そしてだんなさんの方から手渡されたもの、
あ、黒糖~?! 嬉しいーと思いきや
波照間特産黒糖

重っ!! 
20×15㎝。厚さも5~8センチはある黒糖の塊(笑)

「すごいでしょー。これで賞味期限が(今年の)10月だから」

どうしよう。。。と思ってるウチ10月に来ちゃったし。
どうしてそんなにしか保たないのでしょう。
砂糖って普通、保存食じゃないの?

と、ここまでトータルが、彼のねらい。

こんな困るおみやげ、産まれて初めて。

悔しいから、この塊をぶっ込める料理を作ろうと考えています。
コックコクのどっろどろの、煮物とか。
黒糖漬けの果実酒も、また作ろうか。

使い切ったと報告して、ぎゃふんと言わせたいのです。ふふふ。


季節の移り変わりに敏感なのがガサガサの指先。
去年に引き続き、愛用しています↓
生活の木で購入した、手爪用のマッサージオイル

先日行ったカフェのお手洗いに置かれていた
ロクシタンのハンドクリームがあんまりにも良かったので入手。

(続き)あるがまま-全体をつかむ

2008.10.03 08:17|ヨガ シリーズクラス1
さてその後、いわゆる橋のポーズ、コブラのポーズ、ダウンドッグ。
ヨガっぽくなってきたぞ~。
でもナオ先生はあえてポーズ名を言わない。
それはやっぱりナオ先生の
「人それぞれにあったポーズがある」という
揺るぎない考えからのように思う。

だからそれぞれに「いわゆる、そのポーズ」。

わたしも、レッスン中、橋のポーズだ、とか思わなかった。
橋のポーズをしているのではなく
わたしはただその動きをくり返し、感じることに意識が向いた。
先生が注意深く注意深く、声を出して、
わたしたちの意識を捉えてくれるから。

何度も、根っこを忘れないで、と言われた。
花を咲かすのは、おまけだからと。

ポーズをとるとき、花とは
ぐんと伸びているところや、天高く上げている部位のことだろう。

でも大事なのは、それを下で支えている
肩だったり、手だったり、足だったりする。

イメージでは、地中深くに根を下ろした足。
そこから意識をぜったいに離さないで、と。

例えばより胸を開いたほうが凛としたコブラのポーズだが
わたしのポーズは、モデルのこなすコブラのポーズとは違う。
ちっともコブラに見えなくっても、それでいいんだ。

花を咲かせられるのはおまけ。
根っこを捉え続けた先で、初めて花開く。

  『くちぶえサンドイッチ』で読んだ。
  足裏は、ソール(sole of the foot)。
  魂は、ソウル(soul)。
  足は第二の心臓と言われるわけは、
  ただただツボがたくさんあるから健康の鍵を担うというだけではなさそう。
  松浦弥太郎さん、ネイティブの人たちの教えにも
  たくさん触れていたのが嬉しかった



最後、ゆっくり黙想する時間が与えられた。
自分を愛せているか、少し問うようにと言われる。

わたしは自分を愛しているなと思った。

そして、最後、また皆で感想をシェア。
すごく、いい気づきばかりがもたらされた。

ポーズを取る+そして人の話を聞く。

それを持ってわたしが気づけたことは、
足の冷えが取れていないこと、だった。

足の冷えを見てあげてなかったなぁと、気づいた。

わたしはわたしを愛しているという揺るぎない確信が
なぜ揺るぎないかというと
わたしはそのよろいをつけているからなのかもしれない。

よろいをつける必要はない。
そのままで、自分を愛しているという思いが
ぼんやりでもあればよいはず。

もっと、ありのままに、自己を愛せる道があるなと、
冷えた足を揉み暖めながら、わたしは幸せでたまらなかった。

最後、何人かの横隔膜あたりを触らせてもらった。
わたしも充分堅かった。
これからやわらかくなれるということだ。楽しみ。

あるがまま-全体をつかむ

2008.10.02 08:32|ヨガ シリーズクラス1
一週間が早く感じた
ハタヨガ入門シリーズクラス4回目(@shizen yoga)。
これで早くも3分の1が終了かー、と既に寂しく感じるほど楽しい。

急に冷え込んだ新月の晩だった。
つめたい秋雨も降り、外は今までにない暗さ。
翌日まで降り続いた長雨と肌寒さで鼻風邪をひきつつも
こころは穏やかな日だった。

恒例の「今日の私」をシェアし合う。

私は、雨ってきれいだねぇと呟いていた男の子や
雨にも関わらず鈴虫の声が聞こえた話しをした。
静かな気持ちでいると色んなことに気づける、なんて、
いつもこういう気持ちでいたいと言った。

ナオ先生が、自身についても色々と話してくれたのも嬉しかった。

サンスクリット語の表記についてレクチャー。
でもやっぱりマントラを唱えるとき「読む」のではなく、
目を瞑り、音にのみ集中する方法を選んだ。

音を聞き、そのままをくり返す。
これってすごく難しくて、余計なことを気にしたり記憶に頼ってしまったり。

今、浴びている音を、そのまま自分でも発することに努める。
あるがままってこういうことね、と、少し思う。

最後に3回唱える「シャンティ」。
平和・調和という意味を意識して
最後にもう一度唱えてみましょうと言われ続けてみる。

輪、のようなものを感じた。親密感。


ウージャイの呼吸。座位と、仰向け。

横隔膜を柔らかくするため、肋骨下や骨盤まわりをマッサージ。
みんな、「堅い、痛い」と言っているけど
わたしは怖くて痛いほどには力を入れられない。
でもそれじゃあ、自分のこばわりを知れないや。

その後、動き+内包する呼吸で、立位のポーズ。
上への伸び、片足ずつの前屈、両足揃えの前屈。

左右の違い、今日の呼吸の短さを発見。
好きだったはずの片足ずつの前屈は、なぜかいらつきを感じる。
呼吸が続かず、何度かズルをしてしまう。


先生が言った、筋力を使う動きのときは
目を開けておいた方がやりやすいって。
一点を見つめるのではなく、
正面の全体をぼんやり見ようとする=自分の全体
 を、感じる。これ、なるほどと思った。

一点を見る、というふうに良くガイドを受けたし
そうやってきたけど、
正面の柱を見、その全体を、自分の身体と捉えた。

首は、どうか。
肩は、リラックスしているか。
足首は、足裏を感じてるか。
柱を見、そこに自分を見る感じ。

なんかこの方が、表情もやわらぐ気がした。
目がギッと怖くならないというか。


呼吸をしながら、自分の全体をとらえる。
身体に尋ねる、もっと力を抜いた方がいいところがあるか。
痛い部分は、ゆるめていい。
辛い部分は、曲げていい。
張ってる部分は、張っているそのままを感じてやればいい。
トライしないでいい。

「先生は、自分の身体」
身体が自分のポーズを教えてくれている。

  そう、ナオ先生はいつも時間の始まりと終わりに
  「自分の内なる神様のようなものに手を合わす」ことを促す。

  自分の中の光に、自分の中の魂に、感謝する。
  そこに扉がある、光がある、本来の自分がある。

長くなったのでつづく。
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