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tuckchickborn>hisano

Author:tuckchickborn>hisano
大川久乃です。

『はたきがけこうしん』(文・大川久乃 絵・下田昌克
こどものとも年中向き/福音館書店/2016年6月号



『キャベツのくすくす』(文・大川久乃 絵・伊藤秀男
こどものとも年少版/福音館書店/2012年6月号



定期購読のほか、
お近くの書店、
福音館書店MO係 TEL:03-3262-1642でご注文可能。



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chatterer:さえずる小鳥
Char:ちゃあ
    名に「久」のつく女児の愛称

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くちぶえたらこおにぎり

2008.09.30 08:14|読んだ本のこと
日曜は、祖師ヶ谷大蔵のOrange Countyで開催中の展示
Once upon a time
 (FRAGILE FRAGMENT BY HIROYASU MASATAKA
を見に行った。

once upon a time むかしむかし・・・
ときたら、その先は気になるのが常でしょう!
早く着きすぎて開店と同時に入った店内は暖かく
いいお店! とすぐに分かった。

広安さんイラストが語り出すフェアリーテイルの世界に身を浸し
ガレットをおいし~く頂いていると
隣席に座っていた母娘が絵本を読み始めた。
読み聞かせるお母さんの優しい声
静かになった女の子の嬉しそうな息づかい。
ひろやすさんが作った絵本だ、
なんて嬉しいことだろうと、じんわりした。

食後の珈琲を頂きつつ
聖ちゃんに勧められ読んでいた
『くちぶえサンドイッチ』(松浦弥太郎/著)読了。

前記事でも書いたけど
4章「本・随筆」の辺りからぐんぐん虜に!

弥太郎さんの愛書が続々紹介されているのだが
最早ただのレビューではもちろんなく
さすがは本の人と唸らせられるすばらしくハートフルなエッセイの数々!

こちらまで悦びで満たされる言葉を、
読みたくなった初めて聞くタイトルたちを、
ノートにたくさん幾つもメモした。

『くちぶえサンドイッチ』

そして弥太郎さんが好物と書いていた
「焼たらこおにぎり」
無性に食べたくなってしまい、帰りに買って、家で一人ほおばった。


一部同書から引用。

人と人とのつながりは、そこにある出来事だけでなく、
そういうぼんやりした思いをふわふわと風に乗せて、
お互いの空をあたためあうといったつながり方もあるといいます。


 (随筆『火の誓い』に触れた項「河井寛次郎さんの本」より。)

これを読んだとき、大切な人たちの顔がクリアに浮かび
思わず涙がこみ上げるほどだった。
ほんとうに、ここに書かれている通りだと思ったし
そういう人たちの繋がりに、心底感謝したくなった。

この空はあの人の頭上に広がる空と繋がっている・・・
離れた恋人や友人、家族を想うとき、
誰もがふと詩人となって見上げることもあるでしょうね。


遠くに暮らす友よ、
今日は寒い秋雨ですがあなたの空が晴れやかですよう。
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都会の森で茶粥のはなし

2008.09.29 08:37|暮らし
ARMWOOD COTTAGEでひとりディナーを楽しんだ。

ニンニク漬けマグロとアボガドのミルフィーユ 温卵のせ+蕈サラダ+バケット+珈琲

小さなテラス席。まるで木の上のツリーハウス。
眼下に森じゃなく、新宿通りを見下ろす都会のトムソーヤー気分。

食後の珈琲をゆっくりオーダーし冷えてきた身体をショールで包み
『くちぶえサンドイッチ』(松浦弥太郎)を読み進めた。

4章「本・随想」より、矢田津世子著『茶粥の記』に触れる小旅
「茶粥というしあわせ」のページを開いたら
頁の細かい段々にもめげず、小虫が止まったまま離れない。

小虫、停泊中

とびきり優しい章だから
こやつが驚いてしまわぬようページを繰る指もそっと静かに。

ちょうどこの章もこちらで一部読めますよ。→集英社の試し読みコーナー

去年訪ねてその空気の清涼感に驚いた戸隠。
ぜひ今度は九州高千穂へと思っていたのが、この章の導入部分でも拍車がかかる。

この冬には茶粥なるもの、わたしも作ってみたくなった。

同著より引用;
詩人の西脇順三郎はこう言いました。
「素朴であったり孤独なものそれ自身の中には、
 人の美しい情念を呼びおこしてくれるしあわせがある……」



この夜は、新宿ゴールデン街で明け方近くまで皆で騒いだ。
矢田津世子さんのご主人同様、胃の強くないうちのだんなも一緒に。


気温がぐっと下がっています、皆様風など召しませぬよう。

シンプルで美しい世界

2008.09.26 08:14|暮らし
昨日は空にきれいな虹がかかっていたとか。
しほみがわたしにも見せようと電話をくれて、
残念ながら着信履歴に気づいたときは遅すぎたけど
「でも今もきれいな夕焼けだねー」と話しました。

なんでも雲に虹色が映って貝殻の色みたいだったって。
見られた方、いますか?


さてさて、先日
この世は、しゅっと高いものと
まぁるくてクルクル回るもの
それからホースみたいにひょろりと伸びているものとでできている
のだということを、2才の男の子に教わりました。

彼は、えんとつとせんぷうきが大好きで
何を見ても、そのどっちかだと言って喜んでいました。

ビルはもちろんえんとつですね。
観覧車や時計、室外機、換気扇がせんぷうき。
車のタイヤだって彼にとってはせんぷうきです。

首都高から見る大都会の景色は
もうほとんどが、えんとつとせんぷうきです。
それも、きれいにぴかぴか光るえんとつやせんぷうきです。

そして一番おどろいたのが
階段の手すりは何かというと、そうじ機なのですね。

いやぁ、びっくりした。うまいこと言うなー、ほんとだぁって思った。

電車電車とかいって喜ぶところは見なかった。
えんとつ。せんぷうき。時々そうじき。
暮らしの中にあるものって、きっとすごくかっこいいものばかりなんです。

他に、彼が言うことばでかわいかったのがスティービー。
音楽がかかると、スティービーワンダーだと思うみたいで
しかもちょっとブラックの香りするものに反応してました。


そして昨日から、わが家の水道から出てくる水は
ひんやり冷たい冬仕様の水になりました。
ようやく冬将軍の第一陣が、うちにも到着したようす、
9月25日の正午過ぎのことでした。

そういうわけで本日より秋本番といたします。
彼岸花も、咲いたしね。

雲が作る山脈

吉祥寺接待

2008.09.25 08:24|暮らし
沖縄から友人夫妻がやって来た!

一緒に来た2歳半の長男くんは、
彼らの結婚式のときママに宿っていた命。

この冬が来たら、沖縄で迎えたハッピーなクリスマスは
3年前の話しになるのかー。
私たちもその直後の年明け入籍だったから、
うーん、しみじみ。

ママである彼女との再会も実にそれ以来で
私はこの機会をほんと楽しみに待っていた。
いよいよ実現ということで、遠足前の子供みたいに興奮。

彼女にとっては、初めて訪れた東京。
しかも、初めて降り立った本島!
生粋の沖縄娘で、修学旅行で行った九州だけ。
あとはもう、台湾とかだって(笑)

息子くんは、ショーンレノンの小さいときみたいで
名護のおねえちゃん」
ってわたしを呼ぶのは
彼にとって遠いところ=名護(沖縄)という地だから。
わたしはその呼び名を偉く気に入った!
でも、最後はちゃーんと名前を覚えてくれたけどね。

1泊2日で駆け足だったけど
空港からの往復で、
東京タワーやレインボウブリッジ、お台場、都庁、
隅田川の屋形船、森ビルなんかも見られたから、いいかな。

まず第一ホテルにチェックインを済ませ
東急屋上のカフェ・プランツでお茶。
ここ、初めて行ったけど、穴場だったな。
晴れていれば子は遊戯施設で遊び、
おとなはテラスでお茶という理想的な時間を過ごせる!

そして一家はパパの美容院に付き合って
わたしはヨガへ、うちのダーリンは吉ぶら。

夜9時からのディナーに選んだのは

1)月曜は定休が多い!
2)吉祥寺の店は閉店時間が早い!
3)子連れだし、出来たら個室&座敷

というポイントをクリアし
魚屋が経営するお店と言うことで期待も高まる
鮮魚屋をチョイス。

吉祥寺らしい(?)店構え、
お店の人も店内もいい感じで、何よりほんとに魚が旨かった!
みんなご機嫌になって、また明日。

翌日、いとこの結婚式からヘトヘトで帰ってきた3人と再会。
帰りのフライトまで時間がない!
ということで、吉祥寺の老舗多奈加亭でおみやげをごっそり買って
ほんのお隣の佐世保バーガーでテイクアウト。

空港へ向かう車で夕暮れを迎え
お台場辺りを通過するときは、綺麗な夜景を見ることが出来た。

前に、東京で行きたいところ・・・
「中野とか?」と中央線沿線を名指してたり
今回も「セブンイレブン」くらいしか特にリクエストのなかった
すばらしい感性の彼女を満足させることはできたかしら。笑

来年には、なんと3人目が産まれ5人家族になるって!
すごいすごい! すばらしい!
わたしはなんだか彼女たちが大好きで
気持ちはもう身内です。

吉祥寺ツアー。
沖縄で彼らにしてもらったことの半分くらいは返せたかしら。
でもそれすら忘れて
「百倍返しにするから沖縄へまた来い」
と言ってくれる彼らに、海を越えるこころからのチュウを贈る!

呼吸の中で-内包

2008.09.23 15:08|ヨガ シリーズクラス1
待ちに待ったシリーズクラス 3回目。

今回も、ひとりひとりが今日の体調や気分、
前回クラスの最後にシェアしあった
3ヵ月後の目標をもう一度発表しあった。

わたしも少し目標が変わっていた。
この2週間、ほぼ毎日ヨガ日記をつけたなか
日々の気持ちのアップダウンもあり、
自分の課題やこだわっていることなどが少し見えてきた。
何を手放し、何を求めるべきかが、少し具体的に見えた。
だから目標をより具体的に据えた。

ここではちょっと抽象的に言うが、
わたしの目標は「より、自分になる」ということ。

過大でも過小でもなく、今ここにあるわたしまるごとと繋がること。
苦しみも喜びも幸せも
本当は何も変えたいわけじゃない。
ただ、余分な肉がついている部分はそれを落としたい。
愛しているものをただ愛し
苦しんでいるものとうまく付き合う。

そういうようなことだ。

3回目のレッスンのコンセプトは
「呼吸で動きを内包する」

ポーズをとるために動き出すとき
まず、呼吸からはじめる。
吸うのを感じてから、体が動き始め、
動き終わってから、最後の一吸いがまだ残っている状態。

吸い切ったあとに動きが終わるのではなく、
動きが止まってから、まだ呼吸に余裕があること。
吐く息も同様に、吐くのを感じてから、動き始め、
動き終わってから、最後の一吐きがある。

前回から始まったウージャイの呼吸を
今回は、初めから意識。
ウージャイの呼吸とは、
ヨガの基本鼻呼吸(+腹式呼吸)を、
さらに喉の奥のほうでする呼吸法。
鼻呼吸とは違う、喉の方からの音が鳴る。

喉の奥に白い美しいバラが咲いていて
その芳しい香りを香るように、静かに行うと良いらしい。

とにかく、呼吸で動きを内包するために
呼吸を細く引き伸ばす必要があり、この呼吸法を行う。


そして動きは立位のポーズ5つ。
シンプルなのに、じんわりと汗をかく。

そして、ヨガとは呼吸だということを
これまでにないくらい、矛盾なく実感することができた。

100人いれば100通りのポーズがあるとか
ヨガとはアサナ(ポーズ)ではなく呼吸なのだとか
そういう考えに惹かれていたはずなのに
これまで、どうしたって正しいポーズ、美しいポーズを取ることに
意識が向いてしまうものだった。

でも、ナオ先生の考えは
呼吸ができるようになれば
より美しいポーズはあとからついてくるというもの。

それが教えの中で、実践されている。
呼吸呼吸といいながら、「ここをもっと伸ばして」と指示されて
ちっとも呼吸なんて出来なくなる、ということがない。


手をつく場所、腕や膝の伸ばし方、
そういう細かいところは、
体が教えてくれる「ここでいい」の場所を感じればよくて
わたしはとにかく、呼吸を続けることだけに集中しようと努める。


ひねりのポーズをとると
体の内臓と内臓の隙間に
呼吸をまだ送れる場所があることが分かる。
左にひねると、吸う息は、左の頭上から降りてくる感じがした。
右なら右で。

片足を前に、片足を後ろに、と広げて
前を向いて、その状態で上半身を前屈するようなポーズでは
吸う息は、頭の頂点の方向、もっと遠くから送られてきて
背骨を通って、尾てい骨の当たりへ抜けていく感じがした。

左、右、真ん中、
すべてを終えたとき、
背が伸びたような、自分が大きくなったような
そして空間が居心地良くいろいろなものを近くに感じた。


途中、視覚的に、抱えている心配事が見えたときがあった。
でも、それは、悲しくも不安でもなく、
わたしの愛しいものがそこにあるだけで、
わたしはそれがあることに、何の居心地の悪さも不快感も感じなかった。

さぁ集中だと、視点を一点に集中し、呼吸に意識を向けているうちに
脳のなかの、左上の方、さっきまで見えていたものは見えなくなった。


マントラについて、少ーーーーしだけの前進を感じた。
分からないながらも、気づくと口ずさんでいる今日。

来週までの課題は
1)呼吸で内包しつつの立位のポーズの練習
2)日記もまたつけようと思う。


夜は沖縄から来ている友人夫婦&息子くんと、
おいしい魚料理を食べた。きれいな半月の夜だった。
今日もこのあと、空港へ見送りだ。

「あぁ。こういう気分で毎日を過ごしたい」
と呟く日が増えている。連日言っていたりする。
これってすごくいいことだと思う。

みどりのゆびのごしゅじんさま

2008.09.22 08:29|暮らし
先日、兄夫婦のところに生まれた甥の記念樹を植えた。
平和の象徴オリーブの樹。
司 記念樹

オリーブはわたし自身ずっと欲しかったので
ついでに自分ち用にも購入し、植えた。
ニューフェース。

そしてうちの緑たちは、きっと主人をご主人と思っている。
主人になついている。
…認めたくなかったけど、認めざるを得ない。笑


一緒に暮らして早ウン年。
彼も、さほど時間や手間をかけるわけじゃないけれど
その愛情は静かで深い。 


枯れ落ちた葉っぱや、だめになった枝葉
彼は決まって捨てないで、その根元辺りに植えてやる。

多少なりとも養分に、そしてその土に還れるように。
あわよくば子株としての再生を祈って……。

(補記:後日彼本人が言うには、
     「単に落ちた葉っぱを、鉢の中に捨てているだけ」とのこと。
     ふーん。。。でもいいのです。わたしには、これが事実。)


そんな習性(?)に最近ハタとしみじみ気づき
ちょっと感動してしまった。

食べ終わったアボガドの種を洗い
水栽培から育てたのは
わたしたちが暮らすようになった当初のこと。

そのふたつのアボガドも、今や小さな若木だが
最近その片方が、根元に新たな芽を出した。
彼の、愛情が葉に伝わっているなぁと嬉しくなった。


そういうわけで、うちの鉢には、どれも枯葉がいっぱいで、
土や根元を守ってる。

公園を歩くと、もう落ち葉のカサコソカサコソ。秋の音だ。
でもこれが、冬の寒さから木々の根元を守り
土の中の無数の命を暖め育てる。



数ヶ月前から、ゲーテ君と呼ぶ緑も育てている。
もらったものなので、詳細は不明だけど
多肉のような質感で、
日本ではコモチベンケイソウと呼ばれる植物と
同じ特徴を持つ葉っぱ。

幹も枝もなく、葉っぱで完成している命なのだ。

葉っぱのフチに、小さな赤ちゃん芽が出てくるのだが
それは葉っぱの赤ちゃんで、だんだんと大きくなる。
葉っぱが葉っぱを生むんだ。
どんどん増えるらしいので株分けして育てていく。

すごく興味深い生態系。
見た目でもわかりやすくなったら写真撮ってアップします。

どんなことになるやら、ゲーテ君の今後も実に楽しみ。

ゼロになる-満月のヨガ

2008.09.19 00:20|ヨガ シリーズクラス1
9/15はナオ先生のオープンクラスへ。
「ゆったりヨガ」というクラス。
リラックス体操ストレッチ系と思いきや
スピリチュアルで本格的なじっくりヨガの印象。

基本は何はなくともやっぱり呼吸。

足裏から始まりマッサージで身体を目覚めさせて
呼吸に合わせたツボ押しのレクチャーあり
ボルスターに上半身を預けて寝ころび
マントラを唱えるのが気持ちよかった。
丹田についての話しもじっくりあって
能のすり足みたいなのをして、丹田を使う練習もしたあと
バランスのポーズをいくつか。

「わたしに証明するためにやらなくていい」
と、ナオ先生。

そうだそうだと、言い聞かせながら、とにかく内観に努める。
太ももの内側を叩いてからポーズに入ったせいか
いつもより安定した。

シリーズクラスに行くことを決めたのは
「わたし、丹田が全然わかってないのかも」
と、少し愕然としたのもあったから。

でも心配もまた過去(経験)に起因するものだから
それは捨て去り「ゼロ」になり、
また来週のシリーズクラスと
日々の練習に励めそう。いや、励もう。


前日、姪っ子たちとカラオケに行き
わたしは「いつも何度でも」を熱唱した。

ゼロになる体、満たされてゆけ

そのフレーズが身に沁みた。
からだもこころもゼロにして
呼吸、今、で満たす。
まさにヨガだな、と。それが難しいのだけど。


帰り道。数ヶ月前にオープンして気になっていた
「三月珈琲工房」という珈琲豆屋さんに寄ってみた。
(訂正;三日月工房× → 三月珈琲工房○ デシタ。)
三月珈琲工房の珈琲ブレンドNo.5

購入したブレンドno.5をもくもく淹れて
夕空に照り始めた満月を見つつ、飲んだ。

そういえば満月の日はヨガをしないほうがいいという考えもあるようだけど
満月に向かって緩む力が強くなれば
からだもゆるまる方向になるのだから
満月ヨガも良い! と、しているところも結構あるみたい。



そうそう。中秋の名月って、必ずしも満月じゃないこともあるらしい。
今年はよって9/14が十五夜で中秋の名月。
満月1日前で、左側がすこーし欠けていたらしい。

晩、一緒に月を見あげた父が
「ちょっと欠けてる・・・」と言っていたのは正しかったんだ。すごーい。

父の亀吉、でかくなってた。
母がまちがって亀太郎と言ってしまうのが、
いつも何にも執着しない母らしくて、笑った。

ラヂオのスゝメ

2008.09.17 08:40|暮らし
わたしの朝はラジオで始まる。

中学くらいから違和感を感じていた朝のTVニュース。
どこを見ても悲惨なニュースばかりやっているのが嫌で
3chの教育番組を見ながら珈琲すすっては
笑われたり、父にチャンネル奪われたりしていた。

十年位前になるのだろうか
パパラギ―はじめて文明を見た南海の酋長ツイアビの演説集』
を読んだときは、膝をポンッ!と叩いてしまった。

パパラギとは、文明社会に生きる人のこと。
わたしたちは皆、パパラギだ。

そのパパラギや文明社会について、
アメリカインディアンのとある民族の酋長が村人に話して聞かせている。
それが実に的を得ていて、面白くて、新しい。
パパラギ

そして、朝のニュースだったか新聞について、

「そこには前日迄に起きた悲惨な出来事などが書かれており
 パパラギたちは、毎朝それを読まない(見ない)と、
 一日を始めることができないらしい。
 馬が人参を目の前にぶら下げて走らされるように
 パパラギたちは、朝に仕入れた出来事をぶら下げて
 電車に乗ったり、仕事をしたり、学校に行く」


という具合に書いてあった。
なーるほどなぁ! と、声を出して笑ってしまった記憶がある。

もちろんわたしも、ニュースも新聞も見るときは見るし
否定ばかりはできないけれど、
朝からあんな滅入る情報を仕入れることに慣れたくないし
朝のニュースは見ない人生を選ぶ。


アラーム機能の充実したラジオを購入したのは
半年前くらいになるのだろうか。
聴いているのはJ-WAVE。
去る8月13日は「J-WAVE(81.3)の日」で
“わたしとラジオ”というテーマでメッセージを募集していた。


朝のラジオは、ニュースも読まれる。
あまり関心のないスポーツ情報も時事ネタも。
今日の空がどうだとか、季節の移り変わりも語られ
こころ惹かれる話しが紹介されたり朗読されたり
合間合間に心地よい音楽が流れる。

「今日もがんばりましょう」とか
「いってらっしゃい」とか、ぬくもりもある。

悲惨なニュースを根掘り葉掘り
追いかけ回すようなことは一切ない。

ゆったりと朝を味わう時間が流れる。


そんなラジオで迎える朝の実感を書いて応募したら、
BOOM TOWNの中で紹介され
USBラジオが当たった!


また先日は、LOHAS TALKという番組で
先日見に行った展覧会「祈りの痕跡」のディレクションをしていた
浅葉克己さんがゲスト出演されていたので
感想を綴りメッセージを送った。

プレゼントが、展覧会場で心惹かれつつも購入しなかった
トンパ文字スタンプだったから!
そしたら、サイン入りで当選ー。嬉しい。

トンパ文字スタンプ トンパ文字カワイイ
    トンパ文字について
    中国の雲南省の一部等で今でも使われている象形文字。
      現在、世界で唯一の「生きた象形文字」と言われているらしい。


ラジオネームはロビン。飼っていた犬の名前。
メッセージが読まれるどきどき感に味をしめてしまいそう。笑

(続き)呼吸-確認という過去

2008.09.14 00:30|ヨガ シリーズクラス1
ハタヨガ入門シリーズクラス 2回目の続き


*おごりについて*

レッスン後、
呼吸について、動きについて、先生に個人的に質問した。

「座ってると出来るのに
 立つと横隔膜が分からなくなった」

すると、寝転がってする呼吸の練習法、感じ方を教えてくれた。

「横隔膜を意識しないで良いから」

両手をお腹に。お腹の上下を感じる。
両手を胸に。吸ったとき、胸が膨らむのを感じる。
片手ずつ、胸とお腹に。その両方の動きを感じる。

なるほど。
さっきまで、出来ると思っていた呼吸をしてみたら、
お腹の筋肉がぶるぶる震えた。
深い呼吸をするだけの筋肉が、ついてないという証拠だった。

最後に聞いた。
「動作がつくと、呼吸が出来た気がするのは
 おごりでしょうか」

動作は、呼吸がしやすくなるポーズだったそうだ。
確かに、腰をひねるから、息を腹から楽に絞り出せたのかも知れない。

おごりかどうかは。

「それは分からない。
 できてたのかも知れないし、違うのかも知れない。
 呼吸の練習、してきてね」

その通りだと思った。それに尽きると。


おごりという言葉を持ち出した時点で、
ゼロからのヨガという想いがほんとうではなかった
というか、やっぱりおごっていたんだ。


「確認」って、すでにもう、過去なんだな。
もとになる経験がなければ、確認や再認識はあり得ない。

「今ここ」にある、ゼロになる、とはそういうことかもしれない。
むずかしいけど、
確認ではなく、常に自分を「発見」しよう。

わたしのシリーズクラスは、まだ始まったばかり。


*シェアについて*

更衣室に戻ると
「わたしも、立つと横隔膜が分からなくなったよ」
と、声をかけてくれた人がいた。

いい質問だったね、というようなことを
わざわざ伝えてくれたのだった。嬉しかった。

わたしは、レッスン中に質問をするべきだった。

シェアすることについて、何か、気づいた。



クラスの最後に、3ヶ月後の目標を発表し合った。

苦しみについて、
光、純粋意識について、
ヨガについて、
死刑についての話しにまでひろがった。


先週は足をひきずっていたナオ先生は元気になっていた。
先週は、足が痛いのも、精神的なものから来ていた、
ほんとうは気持ちが落ちていたのに、
このクラスに救われた、まわりの人たちに救われたのだと、
話してくれた。嬉しかった。

わたしも、前回も、今回も
このクラスが、とてもとても楽しい。


帰り道、自転車で20分強。
思いを巡らしたり、さっきの体験を反すうするには良い時間だ。


次回のクラスまでの課題は
1)呼吸の練習。動きも連動させてみる。
2)日記をつける。


祭日で、一週クラスが開いてしまうため
オープンクラスに行く予定。

呼吸-確認という過去

2008.09.13 00:30|ヨガ シリーズクラス1
ハタヨガ入門シリーズクラス 2回目。

今回からヨガマット。輪になるように広がって
まず、クラス開始前の談笑から、
自分自身の今日の心身の状態を注視して
発表するよう、先生に促された。

順番順番に、今日はどこがだるいとか軽い感じだとか、
その原因は湿気がないからかもしれないとか、
仕事が忙しかったからだとか、
週末どんな風に過ごせたからとか、そんな感じに。

改めて自分の名前も言い合ったりして
「ちゃあ」って呼んでください、だなんて
なんだかずいぶん久しぶりに言った。

ちゃあになると、素直で明るいわたしになれる気がした。

朗読会ですばらしいバイブレーションに身を置いたこと、
盛岡から友人が来て、さっきまで逢っていたこと
いっしゅうかんの間にお話しが書けて、
でも翌日にはいい出来じゃないと落ち込んだとか
それは気付きだから良かったんだと思えたとか、
とにかく元気だってことを、話した。


*マントラ*

前回唱えたマントラの書かれた紙が配られた。
一文一文、日本語訳を教えてくれて
メモしたい人はメモをした。

ぜひ意味を知りたかったわたしもメモをとった。

そして前回同様、先生に続いて唱えた。
文を追いたい人は、目を開けて紙を見ていいということだったので
少しでも早く覚えたいと思い、わたしもそうした。

サンスクリット語なんて読めないから
もちろん耳は一生懸命、先生の唱える音に集中したつもり。
そして紙があれば、多少発音のヒントになって読めると思った。

でも。。。。。
前回よりも声が出せなかった。

音も拾えなければ、文も追えない。
意味なんてまったく考える余裕もない。


まちがっても良いから音を出さなきゃ、
そう頭では分かっていても
喉がつまった感じになる。
なんか恥ずかしい気持ちになった。

CDを探すつもりだけど
次からは、紙を読むのはやめようと思う。

まちがっても良いから
音に集中し、復唱してみることを、実践しようと強く思う。


*呼吸+動き*

呼吸の練習。
やっぱり、横隔膜の動きと、呼吸、意識が分断してしまう。
座位から立位になってみると、ますます横隔膜が分からなくなった。
でもひたすらに、呼吸してみる。
胴の中に空気を取り込み、胴の中からはき出すように。

そして、ほんの少し、いくつかポーズを取った。
でも、メインは呼吸。
呼吸に連動させて、動く。

横隔膜の不安はなくなり、
集中が高まり、呼吸が深く楽にできるようになった。

でも、何故だろう。
座位から立位になったときあんなに分からなかったのに、
さらに動作をつけているのに、なぜ。


気付きが多かったので、つづく。

イーハトーヴの風 わたしを創る日その3

2008.09.12 00:51|暮らし
その翌日。モーリオこと盛岡から友人がやってきた。
距離を超え時間を超えていつも心に近い友人のひとり。

こんなにゆったりと
共に時間を過ごすのは、、何年ぶりだったろう。

でも、その「沈黙」は何も語らず全てを語り
それは彼女が懸命に日々を紡いでいた証。
彼女の生が透明な証。
わたし、ずっと知ってたよ。

それを感じられる自分がじゃなくって
ほんとうに彼女の心は、美しいんだ。
だから、感じられていたよ。


朝ご飯をうちで食べて珈琲を丁寧に淹れ飲んだあと
井の頭公園内の
カフェ・ドゥ・リエーブル うさぎ館
森林浴をしながらガレット。

聖ちゃんが、旅路と辿り着いた東京に疲れながらも
「東京の緑がきらきらしてる」と
ほんとうに嬉しそうだったのが、ほんとうに嬉しかった。

そう、この緑を見せたかった。
この煌めきを見せたかった。

屋久島が、伐採の歴史の森であること、
復活の森であること、
「森はもう、赦してくれているの」
わたしがそう語ると、聖ちゃんは涙を浮かべていた。

彼女は人間の中でも、森の精に一番近いタイプではないかと思う。


井の頭公園を散策しつつ
弁財天さんにご挨拶をして、街に出て、
ギャラリーfeveで松浦弥太郎さんの写真展を見、
その地下のパン屋さんの異空間に
顔を見合わせて驚いて、

くるくるくるくる歩き歩いて
多奈加亭でふぅ、いっぷく。

おみやげに井の頭煎餅を選び
わたしも買っちゃった♪

またね、と見送る。イーハトーヴへ。


また明日、おとなりでね。
また明日、森でね。
また明日も、丁寧にいこうね。

今度はきっとみちよちゃんも一緒にね。

雑踏の中、無言で小さく手を振り合いながら
わたしたちはそう交信した。

たいせつな友人たちの存在が
生き辛い日も、イーハトーヴの風のようになって
わたしを支えてくれている。輝く日々は、いつも。ありがとう。

おつきゆきえさんの朗読 わたしを創る日その2

2008.09.11 00:34|絵本や童話のこと
イーハトーヴのモーリオから友人がやってくる前の日のことだった。

hotsumiギャラリー企画 
「ほんたうのたべものや」
おつきゆきえさんの宮沢賢治朗読会
に参加。

「ほんたうのたべものや」 おつきゆきえさん朗読会

おつきゆきえさんの朗読については
ほつみさんのdiaryで知って以来、聞いてみたいなぁと機会を待っていた。
(尚子さん、お誘いありがとー!)

賢治作品を「音の文学」と表現し
    おつきゆきえさん公認の非公式ページより
主に賢治作品を語ることを生業とされ
私にとっても第二の故郷、山形は酒田で生まれた方なようだった。


百聞は一見にしかずとは、まさにこのこと!
賢治作品に出逢い直させられる衝撃のひとときだった。

読んでくださったのは
」にはじまり、
どんぐりと山猫
やまなし
紫紺染めについて


賢治の生前に唯一出版された
『イーハトーヴ童話 注文の多い料理店』
という童話集のはじまり「序」は
ゆきえさんが心底愛し、朗読会の始まりにはいつも読んでいるそうだ。

わたしもだいすきな文章。
読むたび、賢治の人となりが見えてくる。
月灯りのなか、賢治と、電柱の影法師がすーっと地にのびて
賢治の嬉しそうに弾む呼吸が、見えてくるような気がするんだ。

ゆきえさんの「序」朗読は
まるでもう、慈しむように、という表現では足りないほど。


そして始まった本編!!

幾度も読んだ どんぐりと山猫
何倍も面白かった!
目の前に見えるみたいに、風が吹くように、感じた。

小学校の時、教科書で読んだ記憶がじゃまをして
どうしても繋がれなかった
やまなし

おつきさんのおかげで
あの透明な水の川底に降りて
蟹の兄弟の見あげた光を、水の泡を、見た。

紫紺染めについては、
はじめて知った作品。いっぱい笑った。
まるでジョイスのボサノバだ!

・・・・・・・・・

まるで賢治が
「林や野はらや鉄道線路やらで、虹や月あかりに」
聞かせてもらったそのままを、
目の前で、わたしも同じに聞かせてもらっているような!

「ほんたうにもう、どうしてもこんなことがあるやうでしかたないといふことを」
賢治がそこで話し始めているような!
そんなだった。


そんなふうに語り得るゆきえさんに驚いたのは言うまでもないが
長年、賢治童話を読み、大切に思ってきた者のひとりとして
改めて驚いたのが
いかに賢治が、そのまま言葉を文にしていたかということ。

朗読で聞いてみて
そしてたぶん、ゆきえさんの朗読だったからこそ、
ほんとうにそう思った。


賢治はこのままのことを
「ほんたうに」見て、聞いて、書き留めていた。

「ほんたうに」そうだったからこそ
このままの文なんだ。

いかに彼が、
自然と交信していたか。
いかに彼が、
まっしろだったか。


人間・賢治には、さみしいこともいっぱいあって
苦悩もいっぱい孤独もいっぱいあって

だからわたしは
賢治はかわいそうだったというところから抜き出せきれぬけど

でもだからほんとうに
ゆきえさんに伝えたくなった。

「賢治に聞かせてあげたい」って。

だって、わたしのなかの細胞が、
わたしのなかの賢治が、
本当に喜んだんだもの。

生身の人間・賢治が
こんなふうに自作を声にできる人をみたら
どれだけ暖められたろう
どれだけ嬉しかったかな。

だから、ありがとうって、いっぱいいっぱい思ってしまった。
わたしの細胞が
わたしの小宇宙にもいてくれるだろう賢治が
うれしがったから。

おごりかな?
おごりでないよ、ほんとだよ。

会場となったカフェ、アントミミさんもすてきな空間だった。
朗読会のために作られたケーキ、ゼリー、飲み物がふるまわれた。
あんなに美味しいなんて、アントミミさんも、賢治が大好きなんだな。

あの場を共にした方たちも
みんなそれぞれに賢治と繋がっているんだ。


誰かにとっての賢治は
宇宙に広く読まれ溶けている証拠。
賢治がめざした「宇宙全体の幸福」の方向にむかって
賢治のいのちが宇宙に広がっている証拠。


茶福楼のオーナーも賢治をこよなく愛している。
彼女のとくべつで繋がって、いつか言っていた。

賢治の霊魂は純粋すぎて、もう溶けるみたいに、なくなってるみたいに
自然に、大気に、宇宙になってる 
って。


賢治に触れるとき
心は丁寧に、ひろくひろくひろーくなる。
ほんとうにほんとうにありがとう、と思う。


JOYCE わたしを創る日その1

2008.09.09 08:30|聴いた音楽のこと
いろいろなことがあったので、ひとつずつ。

先日、BLUE NOTE へ、ブラジルミュージックの女王
JOYCEのライブを見に行った。

はじめ歌姫って書いて、姫ってことはないか・・・と調べてみると
なんと御歳、60才とは!! びっくり。かわいすぎる。後述参照。


ジョイスのライブは二回目で
3年ほど前にやっぱりここで見て、以来いたく気に入ってしまった。


わが家ではCDもよくかかるし、
その歌声、サウンドはもちろんのこと
個人的にお気に入りポイントなのはジョイスのスタイル。


ふくよかな体に、真ん中分けのボブヘア、
なにより、演奏中に輝くあの満面の笑顔!!


3年前に見たときは、
シンプルな形の真っ赤色ノースリーブワンピースを着ていた。
膝上丈でI型ライン。

彼女の持つギターはボディ部分がくりぬかれて
縁だけになっているデザインのもので
(“サイレントギター”って言うみたい。)

そのくりぬかれ部分から覗くワンピの赤とか、
とにかくトータル的な可愛さ、お洒落さに魅了されてしまったのデス!

今回は、秋を意識してか
落ち着いたグレー色のシャツ型のローングワンピース。
ギターを抱えてスツールに腰掛けていると、一見シンプルなんだけど

胸元にあしらわれたフリル、
バルーンのように膨らんだライン、
両膝上辺りにある大きなポケットがキュートで

くるぶし丈のスパッツ(レギンス?)は、足首に細いベルトがあるタイプ
素足に履いたペタンコ靴から、スジの綺麗な甲が覗いて

「今夜もおしゃれー☆!」と嬉しくなった。

ジョイスと、ドラマーで旦那様のトゥッティ・モレーノ

これを見て下さい!
わたしったら意気揚々と出かけたら
なんと、整理番号1番をゲット。
仕事帰りの主人にも誉められ、真ん中の、い~い席で見た。

ブルーノートはやっぱり、演者との近さが魅力。
ブルーノートに行くというときに感じる「特別感」もやっぱりタノシイ。
特に今回は、
ジョイスやバッグミュージシャンたちのすばらしい音の輪に
すっかり参加している気分で聴くことが出来た。

ジョイスの奏でるサンバリズムは
理屈を超えて、躰を熱くさせてくれ、無心に
楽しい!楽しい!って気分にさせてくれる。

さっぱり意味のわからないポルトガル語が
さらにコロコロ転がって
意味なんて、考えなくなる。
祈りとか、音楽とは、なんて、そんなのなくなる。

ただただ、細かい細かい音の粒が、
光になって充ち満ち、綺麗で楽しくて踊り出してしまう。

そんなアッというまのひととき。


母であり
妻であり
(かっちょいいドラムを叩いていた初老の紳士が旦那さんだった。
 上のチラシにも写っているトゥッティ・モレーノ。
 ちょっとクレイジーな雰囲気が漂っていてセクシーでした。笑)

人生を謳歌し生きている女性。

なんか、とってもとても大きいんだ。

ジョイス、かわいい! 大好き!
あんな女性になりたい。

そして、読んだ人がこんな気分になれるお話しを
書けるようになれたらいいなと、心底思った。

Yoga-はじまりの出逢い

2008.09.05 08:30|ヨガ シリーズクラス1
まだわたしが上野の図書館に勤めていたとき、
帰りにいつも立ち寄った本屋で、
「YogaでYoga」(現「Yogini」(エイ出版)という雑誌に出逢った。

全頁を覆い尽くす落ち着いた空気感。
表紙も飾る吉川めいさんの美しいポーズの数々。
記事にも、祈りや静寂、優しい響きが溢れている。

ページを繰っているだけで呼吸が楽になるのを感じ
電車の中この雑誌をぎゅっと胸に抱え帰路についた。


当時はヨガブームの盛り上がりが目に見えてきたころ。
わたしも例に漏れずという感じで
その雑誌との出会い以降、
ネット等で「ヨガ」についてあれこれ調べるようになった。
そしてすぐ、産調出版という出版社の求人をぐうぜん知り
縁あって、自然療法全般の翻訳書籍の編集に携わることとなった。


3年間の編集仕事の中で
一番懐かしいのが、やはりヨガのタイトルたちだ。

そして、はじめから最後までをきちんと味わう余裕をそれなりに持ちつつ
最初に扱ったと言えるのが『ハタ・ヨーガ』という本だった。

そして最後、完本まで見守ることができたのは、
『ヨーガの世界』『ヨガ・マーラ』

関わらせていただいた書籍は
いつもどれも、すばらしい内容ばかりだった。
チャクラ、アーユルヴェーダ、瞑想、
アロマ、リフレ、マッサージ、
風水、オーラ、カラー、フラワー、占星術、前世、
ホメオパシー、栄養療法、マクロビetcetcetcetc


そんなわけで、わたしはどんどんとヨガの世界にひきこまれた。

お昼休みには、会社前の神社でお弁当を広げ
銀杏の木の隣で立ち木のポーズ。
一眠りしてから編集に戻り、
ヨガ本に向かうときは呼吸を深めた。
そして時々気まぐれに様々なヨガスタジオに足を運んだ。


そんなわたしが、今回、shizen yogaの連続クラスに
通うことに決めたのは、メンタル面を強くしたいから。

何にも動じないようになりたいわけではないが
「今、ここ」にフォーカスして、今、ここに生きる自分でありたい。

わたしは今日、何を書いたか。
わたしは今日、どう生きたか。

創作において、一番大切なことはそれだと
心底、気づいたからで
そのために、中途半端に続けてきたヨガを
ゼロから、そして有る程度連続して学んでみるのは
すごく、自分の助けになると思えた。

4月の屋久島旅行で出逢った山尾三省も大きな刺激だ。
彼は、「今ここ」にすべてを見ていた。
それが詩に昇華し、世界を作っていた。鮮やかに。
ちなみに三省は、熱心なヨガ行者でもあった!



人生は選択の連続。
でもその選択は、時に、選び取るためではなく
手放すための選択もある。

30才になり岐路に立っているとは思わないが
今までの道の意味
これからの道への覚悟
じっくり深めるときであることは確かだ。

迷っているわけではない。
ただ、よりいっそう自分らしく軽やかに歩みたい。

必要でないもの(過剰な欲も含め)を
手放していく勇気も持ちたい。


来週には、またシリーズクラスの2回目がある。
なるべく毎回の感想や気づきを
こうしてここで綴っていこうと思っている。

ヨガの始まりが、雑誌と、出版社に支えられているように
ふり返ってみるとつくづく、いつも
わたしの日々の選択に影響や土台をくれている
「書物」というものと、またその作り手たちに
改めて心からの感謝と畏敬の念を抱きつつ。


ハタヨーガ ヨーガの世界   ヨガマーラ

呼吸-スタートラインを知る

2008.09.03 08:30|ヨガ シリーズクラス1
ヨガとは、呼吸。
アサナ(ポーズ)を取っているときだけがヨガではなく、
心の在り方、生き方で、実践してこそヨガなのである。

そのような考え方に触れたのは、
ヨガの書籍編集に携わっていた頃。

ヨガと出逢い取り組むようになって5年近く経つだろうか。

でも、もともと運動音痴で
心地良い方に流れていくことにいくらでも理由付けできる私は
気ままヨギ とか
ヨガジプシー とか
うまい名詞を編み出しては、
かなり緩くて中途半端なヨガライフを全肯定してきた。

そんな私が、
shizen yogaのシリーズクラスに参加することにした!
シリーズクラスは、
誰でも好きなとき好きな時間に受けられるオープンクラスとは違って
先生はもちろん、一緒に学ぶメンバーも同じの
3ヶ月間の連続クラス。


定着しないのだから当然だろうけど
どこに行っても、「なんか馴染めないな・・・」
という感覚があったヨガスタジオ。
だからやっぱり今回のシリーズ参加も
あれこれ考えてから決断した。

そんなどきどきわくわくの
ハタヨガ入門(ナオ先生)初回レッスン!
先日終えて参りました。


呼吸、
チャンティング、
自己紹介、
呼吸。


それだけだった。
でも、それこそすべてというか
既に3ヶ月分満足したような充足感があった!
大半が自己紹介タイムで、
ひとりひとりが、シェアしてくれたその人の人生。
わたしの言葉も、みんながまっさらな気持ちで受け止めてくれた。

すばらしい出逢いの予感と
実は4年前に一度受けていた先生の、素敵さ。
ここにいることが、運命であり、とても自然である気がした。

そして、大切な気づきも。


チャンティング(マントラ)は
ずっとやってみたいことだった。
先生がフレーズを短く切って唱えてくれるので
続けてまったく同じに復唱するのだが、
これは「今聞こえるもののみに集中する」という練習でもある。
「今、ここ」にいるプラクティス。

“あれ? 今の音、分からなかったぁ”

そう考えたら、もうそれは過去のこととなっている。
だからなるべく、今、聞こえる音にだけ集中して
それを自分の口と喉で、くり返す。それのみ。

先生が、同じフレーズをくり返したら
「間違っていますよ」の合図。
わたしも途中で、みんなの音(自分も含め)が
間違っていることに気づいた。

でも、自分が(!)間違っていることに気づいたのは
違う音を出しているのが、わたしだけになったときにようやく、だった。

けっこう、恥ずかしかった。笑


でも、これが、すごくいい経験、いい気づき、だった。
うまく言えないけど、大きな気づきだと思った。
       →チャンティングについて

それから、自己紹介タイムのあと
じっくりと呼吸法のプラクティス。
横隔膜が上下するのを感じて
胴囲360度を意識して、酸素を吸い込んで吐く。

とても不自由さを感じた。
腹まで酸素が降りてこないのに、
腹から酸素を送り出している。
ヤワな筋肉を使って、頭で理解している「呼吸の動作」を
くり返しているだけみたいな気がした。


でも、先生が言った。

「今の呼吸が、スタートラインです。
 自分のスタートを、よく知ってください」


3ヶ月後、自分がどんな呼吸をしているか本当に楽しみ。

3ヶ月後。どんな自分に出逢えるか、楽しみだ。
どんな、お話しと(自分自身の中で)出逢えるかも……。
心から、楽しみだ。


ナオ先生の唱えるマントラの響きは純粋で
細胞が喜ぶ時間を体験した。


来週のレッスンまでの宿題は、
1)呼吸の練習をする
2)3ヶ月後の目標(主にメンタル面のこと)を考えてくる

夏の終わりの果実たち

2008.09.01 10:10|暮らし
9月になりました。
今日までを、処暑の七十二候では
天地始粛(てんちはじめてしゅくす)と表し
意味は「ようやく暑さが鎮まる頃」

連日の雷雨で、蒸し暑さ炸裂していますけど。


8月終わりに触れたことたちをザザザッと。

まず、兄夫婦のところに男の子が産まれました! 
ほんとーにうれしいものです。
これでわたしも4人の子らのおばちゃん。板についてきましたよ(?)

そういえば、今朝は、実家の家族全員で
富士山を登っている夢を見て目覚めました。
あまり楽しいと言うよりは、キツイ、大変、不安のほうが多くて
リアルだったけど、でも、頑張ろうって気持ちだったな。

がんばろう。



埼玉県立近代美術館で開催していた
企画展「丸木スマ展-樹・花・生きものを謳う-
見てきました。
「丸木スマ展-樹・花・生きものを謳う-」

金曜夜に駆けつけたら、途中、道に迷ってしまい
「入場19時半迄」を過ぎてしまったのだけど
懇願しどうにか入らせてもらいました。

ルーベンスの絵を見たくてたまらなかった
『フランダースの犬』のネロの気分、少しだけ。

でも、あまりゆっくり見られなかったので、図録を購入。
実にすばらしいのです。

たくさんの語録の数々に、ばあちゃんに逢いたくなりました。



『深呼吸和歌集 No.3
 「最近、人生について考えると、眠くなる」』

          撰 きつかわゆきお
『最近、人生について考えると、眠くなる』

発売開始しました。
購入ページはこちら。)

本書の企画を聞いたのは
わたしがこの深呼吸する言葉ネットワークに参加して、まだ5日足らずのときでした。
こうして形になって
わたしの言葉もひとつの果実となることができて光栄です。

アンソロジーだから
いろんな人のいろんな想いが成っていて読み応えがあります。

ぜひぜひごひいきに。



なんとなく8月中に見たかった、
『崖の上のポニョ』を観てきました。

大人のつまらない理屈ではない
生きる喜びの実感に画面が充ち満ちて
至福の2時間弱の時間をくれている。
これって本当に凄いことだと、笑いっぱなしです。

宮崎駿さん、ありがとう。ありがとう。

NHKの番組「プロフェッショナル」で駿さん言ってたもん。
“理屈で書いたら膨大に書ける。
 でもそんなもの、5才の子供には関係ナイ。
 つまらないおじさんの理屈なんていらない”って!



無花果、イチジク、いちじくは、
見ると買ってしまうもの。

味も、見た目も、触感も。

なんでこんなに好きなのか
自分でも時々よくわからないところが
時に、また良いんです。

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