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tuckchickborn>hisano

Author:tuckchickborn>hisano
大川久乃です。

『はたきがけこうしん』(文・大川久乃 絵・下田昌克
こどものとも年中向き/福音館書店/2016年6月号



『キャベツのくすくす』(文・大川久乃 絵・伊藤秀男
こどものとも年少版/福音館書店/2012年6月号



定期購読のほか、
お近くの書店、
福音館書店MO係 TEL:03-3262-1642でご注文可能。



chatterbox:おしゃべりな人
chatterer:さえずる小鳥
Char:ちゃあ
    名に「久」のつく女児の愛称

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雲晴らす唄 雨を呼ぶ音

2008.08.25 15:30|聴いた音楽のこと
先日、池上本門寺で開催された
「Slow Live Slow Music2008」へ友人に誘われ行ってきた。

空はどんより雨模様。
開演前から降り出していた雨は徐々に本降りになった。
(屋久島登山用に購入した
 スーパーハイドロブリーズのレインウェアが役立った!)


でも、歌の呼吸に合わせるように、雨脚は弱くなったり強くなったり。
それはとっても素敵な味わい。たまにはずぶ濡れになるのも楽しい。


オオトリは
この5年ほど、かなり愛聴しているAnn Sallyさん。
わたしは彼女の歌を聴くために参加したと言っても過言ではなく
本降りの雨の中であっても
アン・サリーの歌声に包まれるのは、ほんとうに至福だった。

そして彼女の人柄ゆえの美しい歌声を実感。

なぜなら、どの出演者よりも
観客席に降る8月とは思えぬ冷たい雨を心配して
ステージには屋根があると恐縮していた。

「風邪をひかないように」

お医者さんであり
母である彼女の自然な言葉はとても親身で

「せめて皆さんが濡れていることを忘れられるように」

“あなたのその祈り通り
こちらはどんどん暖かくなっているよ!”
逆に伝えてあげたいほどだった。

池上本門寺五重塔~Slow Music Slow Live2008~

印象に残るのは、濡れる五重塔を背後に聴く、蘇州夜曲
世界の平和を祈って、満月の夕byソウル・フラワー・ユニオン
(この「満月」は阪神淡路の大震災当日の夜、空に上がっていた満月だ)
そしてアンコールのSMILE

アン・サリーの最初のアルバム『Voyage』
そこにも収録されていた、チャップリンのこの名曲を
わたしは何度もくり返し聴いていた。

今、思えば、自覚するよりも前に
祈りの曲と感じとった最初の曲は、
アンサリーの歌うこのSMILEだったのかもしれない・・・・・・
なんてふと思う。


歌は、それだけでバイブレーションを放つ。
歌詞や乗せる想いとはまた別に
音そのものに宿るものがある。

でも、歌い手そのものが
やまぬ祈りの心をもつ場合
こんなにもこんなにもすばらしい宇宙が広がる。

それをからだで実感した。
Ann Sally [Voyage]

いい笑顔。Keep on your smile!
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祈りの痕跡。

2008.08.22 14:53|つれづれごと
さいきん、空が凄い。
竜みたいな雲が泳いでいると思ったら
きれいな(ほぼ)半円の虹がかかっていたり
昨日はものすごい稲光が走った。

虹!

そして風は秋。

先日
「祈りの痕跡。」展を見てきた。

会場はミッドタウンガーデンにある
21_21 DESIGN SIGHT

道中、ミッドタウンガーデンの小川に
裸足の足を水につけ
おしゃべりをしながら夕涼み
草藪には蛍の光・・・という美しい光景を見た。
  →足湯ならぬ「AHIMIZU」。こういうイベントみたいです。

そして祈りの痕跡。展。
ディレクターは浅野克己。
プレスリリースではこう語られている。

「最初に痕(あと)をつけたのは、誰か。
 僕の頭の中は、いつもその疑問から逃れることができない。
 最初の文字たちの誕生である。
 5千年前にシュメール人が粘土版に楔形の文字を記した。
 その瞬間、思考や感情、才能、芸術や科学は永遠の命を持った。
 「書く」という行為ほど人類に大きな影響を与えた発明はないと思う」


書くってなんだろう。
もじってなんだろう。
祈りってなんだろう。

あれこれ考えさせられて、もしくは思考を超えていて
うまく感想はまとまらない。

ただ、とてもかっこいい展示だった。
文字ってかっこいいな。
ふだんわたしたちが使う「文字」に込められた
祈り、呪術、声、歴史、想い、遊び、
こわいくらいある。

あたりまえのものこそ。
とも感じ、つくづく面白い。そしてちょっと怖い。


森美術館へ行ったのは
楽しみにしていた荒木珠奈さんの展示が見たくて。
MAMプロジェクト008.

びっくりするくらいに、展示は少しだったけど
きれいな作品だった。
祈り、ここにも感じた。

荒木さんは、わたしは誰からの影響でもなく
ぐうぜん出逢ってぐうぜん知って
個人的にぐんぐん惹かれている作家さん。
展示を見つけられれば、必ず足を運んでいる。
こういう作家って、そういない。


そして展望台から
この夜景を見て帰ってきた、
ひとり、ギロッポンの夜。

美しい夜景 東京



暮らしとは祈り。
祈りとは生きること。

深呼吸和歌集が出版されます

2008.08.19 08:30|tuckchickborn
わたしも参加している深呼吸する言葉ネットワークから
この8月、深呼吸和歌集 No.3として
最近、人生について考えると、眠くなる
が発売されることとなりました。

これは深呼吸アンソロジー歌集の第一弾で
おおかわひさのの深呼吸する言葉も掲載されます。
発売開始はまもなく!です。
ぜひぜひ皆さんご覧になってください。

さてさて、HP「mitchell」リンクページにまだ追加できてない
友人知人のページをまとめて紹介しようと思っていましたー。

nowhere
NYにかつて在住していたこともあり
英語も堪能なmukanmonさんは
言語(原語)を祈りとして捉えることを
おそらく幼少の頃から続けてきたのだと思います。
その生き方は、ここではないどこか、そして今ここを見据える、
ときには戦士、ときには巫女、ときには聖母のような美しさです。

cimai
幸手にお店もオープンし
さまざまなイベントにもひっぱりだこの姉妹のパン屋さん。

Hiromi Nomurajima
NY在住の画家、Hiromi Nomurajimaのブログ。
その刺激的な毎日をここで覗かせてくれること、
これからますます楽しみです。
彼女の名前は、漢字で書いたときの印象と
ローマ字にしたときの印象が
なんというか、あまり離れないなぁ(字面というより、もっと漠然と)。
やっぱりワールドワイドで活躍する運命だったのでしょう。

深呼吸する言葉・美里紀
わたしがスカウト(笑)させていただいた
妹分の深呼吸する言葉もよろしくお願いします。
山形で暮らす彼女の、素直さ、優しさが
読んだ人の心にもここちよい風を送ってくれるはずです。

可憐な花



そして最後に。フリーライターとして
某女性誌などでも活躍している友人から
終戦記記念日にメールをもらいました。

そこにはお母様が、覚え立てのパソコンのキーを叩いて
自ら書き上げたという戦争体験記が紹介されていました。

母が体験した東京大空襲

彼女の両親はおふたりともが東京大空襲の体験者。
まだ出逢ってはなく、境遇も違かったご両親は
それぞれに、命からがらどうにかご無事で生き残り
その後、出逢い、そして彼女が誕生したそうです。


あなたは、戦争体験者の生の声を
聞いたことがありますか?
わたしは、正直、東京大空襲生存者の手記
しかもこんな身近な方の体験記を
初めて読ませてもらいました。

現代に生きるわたしたちにとって
戦争は単なる過去ではありません。
わたしたちにとっても、大きな課題なのです。

だからこういった戦争体験者の声は、とても貴重です。


今回、わたしはテレビ中継で
オリンピックの開会式をずっとみていました。

そしてふしぎでふしぎでたまらない気持ちになりました。

なぜ、人間はこうして集うことができるのに
殺し合うことを選んでしまうんだろう。

大勢の人たちが力と声をそろえて踊ったり太鼓を叩いたり
その様は実に圧巻!!
でもその力を、ひとたび方向転換させたら・・・と思うと
そのパワーを本当に恐ろしいと感じました。
人間には、その陰の部分があることを
歴史も証明しているし
現在進行形でも戦争はくり返されている。
わたしのなかにも、陰の部分はあるわけです。

でも、セレモニーの最後の方で
たくさんの傘の花が開くと
さまざまな人種の子どもたちの笑顔がプリントされていたのを見たとき

「あぁ」
子どもの笑顔は本当に花だな、と思いました。

この笑顔のためならば
きっといつか、この星から戦争をなくすことは可能だろう。
だって、ほら、みんながあの傘の花を見つめて笑っている。
みんなに何かを伝えたくて、この花を中国は咲かせた。
みんなが平和を願ってる。みんながこんなにも平和を願っている。


「思いこみ革命・1」

 都合が良いと言われようとも、

 わたしの思いこみには

 「愛」がある。

    深呼吸する言葉・おおかわひさの



正義なんて、よくわからない。
だから正義を振りかざすつもりはありません。

でもね、愛だけは、理屈じゃないんだ。
そして、勇気を持って腹をくくって、わたしは思いこむことにしたんだ。
戦争はなくせる!

美しい夜景 東京 森タワー展望台から。昨夜ひとりで見てきました。

もう二度と、この灯りを戦火にしてはならない。
そしてかつて、この灯りが戦火だったことがあるのです。

ひとりひとりが忘れてはいけないことですね。

寒蝉鳴便り

2008.08.16 15:55|暮らし
いかがお盆をお過ごしですか?
明日は満月。
そして今日までは立秋の次侯の「寒蝉鳴」という時季。
数日前から確かに、
ひぐらしのあのやさしい「カナカナカナ」という声が
夕方に聴こえるようになりました。

残暑お見舞い申し上げます。

わたしは今、
掃除を済ませて、アイスを食べて
おニューの麻パンツの手洗いを済ませて
柔軟剤のふうわり香りに包まれ

また、比屋定篤子さんの音楽と
とどろく雷鳴、
降り出した雨の音を聴きつつ
これを書いています。

先日、ばあちゃんの家に行ってきました。
3人の姪甥ももちろん一緒に。

わたしの突然の発案で
スイカ割りと、ホースで水をびしゃびしゃかけてもらう
水遊びをしました。

真ん中の甥は、虫が大好きなので
今回も、かたつむりやらとんぼやら蝉やらカエルやらを
夢中になって追いかけ
わたしは、食べごろのブルーベリーを
摘みは拭き拭き食べ歩き、
摘みは拭き拭き食べ歩き。

夕方は、子供たちと近くのプールにも行きました。
ダルマ浮きで誰が一番もぐっていられるかなんて
競争したりして
わたしまで夏休みの子どもに還ることができました。

ありがとう。

親友に赤ちゃんが生まれたとの連絡も
その日ありました。

穏やかにこのお盆をすごしています。


さてたまにはあんまり良くない話し?も
ということで。

先日見に行った
名嘉睦稔さんの版画展
正直、がっかりしてしまいました・・・残念。

ガラスケースの向こうの、更にガラス張りの額装。
それじゃあ原画の勢いも
伝わってくるはずがない。

どうしてこう陳列したのか。
最近には、あまり見られない
よそよそしすぎる展示の仕方に、
腹立たしささえ覚えてしまいました。

作品点数の少なさにも
それに対して、入館料だけは普通なのが
高額にさえ感じさせられ・・・。

まぁほかにも、気になったところがあったので
アンケートにみっちり書いてきちゃいました。笑

でも睦稔さん展を見るために
初めて足を踏み入れた明治神宮は木々が大きくて
心地よかったです。

外国の観光客が多いのが印象的で
警備のおじさんも、英会話はバッチリ。

空がきれいだったので
原宿駅前で歩道橋にのぼってみたら
竜のような雲が、二頭、悠々と流れていましたよ。

竜の雲

大道あやさんの絵

2008.08.13 00:16|絵本や童話のこと
初めて神泉駅を降り立ち
松濤美術館へ
 生誕100年記念 
  けとばし山のおてんば画家 大道あや 展

を見に行った。

御歳100才!
絵筆をとったのは60歳の頃だという。

母は丸木スマ。
兄は丸木位里で、共に画家で絵本作家。
その妻は丸木俊で、いわさきちひろに
「一本の線を責任持って引く」
の極意を教えた人だ。


大道あやは
息子が重体になるという事故に見舞われた翌年
同じ事故で夫を亡くした。

生きる希望を失いかけていたとき
絵筆を握り、絵を描き始めたそうだ。


家族は名実共に有名な画家集団。
そこでの苦悩・挑戦も生々しく感じた。

被爆体験。さまざまな苦労。

描く素材に【暗】の要素はいくらでもあったろう。


でも、大道あやの絵は
自分と共に暮らす小さな動物たちや
草花たちで溢れかえり、
ユーモアがあって
生命謳歌というにふさわしい勢いが溢れていた。

山車や御輿など
お祭りの風景の作品が多いのも
にぎやかですばらしかった。

そこには、暮らしや、人々の営みに対する
愛情や、また祈りが、あるようだった。


わたしには、どれも本当にすばらしく
勉強不足でその名も知らなかった
この100才絵本作家の存在や作品に
頭の下がる想いになった。

そうか。
この境地だ。

絵本にある、この境地が
どうしようもなくわたしには尊く感じられ
惹かれてやまないんだ。

そしてこの作品たちは
自分の命を生きて生きて生きてこそ
生まれてくるんだ。


比屋定篤子さんの歌のときもそうだったが

たとえば強烈な出逢いだった
山尾三省の詩も
そのどこに吸引力があったかというと

その暮らし讃歌、生命賛歌の輝きだ。


ここからだ。

大道あやさんありがとう。


大道あやさん絵の
絵本『あたごの浦』の原画すごくかわいかった。

『あたごの浦』

讃岐に伝わる民話を
脇和子さんが再話しているが
その展開も笑えたし

とにかくあやさんが描くタコの表情が
・・・なんというか、まるでマンガだった。


大道あや展。9月21日迄。
その母丸木スマ展も、今月いっぱい、埼玉県立近代美術館でやっている。
これも見に行くつもり。


松濤美術館、とてもいい美術館だった。
上映会にも参加してきた。

土地勘がなくちょっとウロウロしてみたら
友人が店長シェフをつとめるカフェ(渋谷)のすぐそばで
わーい♪とおいしくガレットを食べて帰ってきた。
ガレットリア


かのスクランブル交差点の賑わいからは
ちょっと離れた渋谷の街は、
とても静かでいい顔だった。

「あなたがそばで生きている」

2008.08.11 11:14|聴いた音楽のこと
東京の夜空に
たくさんの夏の花が咲き乱れた夜
その麓の地中にあるライブハウスで

ひとりの歌姫の歌声に出逢いました。

比屋定篤子「A Million Smile」

比屋定篤子さん。

知っていますか?

わたしは初めてその名前も存在も歌声も知りました。
アン・サリーのCDなどでも良く耳にする
笹子重治さんのギター一本と
比屋定篤子さんの透き通る声。

心地よすぎて
笑いも涙もリズムも体の中から溢れてくる。

声は透き通るようででも厚みがあって
さざ波の音が混ざっているような

それで日本語の歌詞は
たくさんの喜びや暮らしを歌っていて
めくるめく展開は
面白い絵本を見ているよう。

MCでのトークは
彼女のすっとぼけ、だけど芯がシッカリ
という魅力が溢れんばかりで
会場を親密な雰囲気でひとつにしてくれる。


上の写真がジャケットの
最新アルバム「A Million Smaile」を購入。
サインもしてもらいましたー

今は郷里沖縄で子育てをしながら
マイペースに
でも太陽の陽射しみたいにとぎれることなく
その音楽活動を展開しているようです。

超おすすめ。

聴きながら、彼女にも聴かせたい、あの子にも聴かせてあげたい
そう思いました。


立秋過ぎて、残暑厳しき折。

夏は、忘れてはいけない
「戦争」についても考えさせられる季節です。

前回沖縄を訪れたのは
クリスマスを挟んで、沖縄の友人夫妻の結婚式に
お呼ばれしたとき。

あのとき、あの地にかつて起きた悲しい傷跡に
初めて直に触れてきました。


民家の柱に残された銃弾の後、

沖縄戦で亡くなった方たちの名前が彫られた
おびただしい数の石碑(平和の礎)。

戦争というもの自体を
初めて「実感」したような気がするほど
胸に迫るものがありました。


その沖縄で生まれ育った人たちには
本土で暮らすわたしたちにはない
その「実感」が根付いているように思います。


終始明るいムードのライブ、楽曲のなかに
「あなたがそばで生きている」という
美しい輝きをもった歌がありました。

慰霊の日(6月23日)にむけて
篤子さんが過去に詩を書いたそうで
それにつけた笹子さんのメロディは
心地よいボサノバリズムに支えられています。


午後のキラキラの陽射しを浴びて
よせては返す波を見ながら・・・

そう想像しただけでこみあげてくる
安定した静かな幸福感・充足感。

ボサノバの音楽がくれるその雰囲気のうえで

ほんの少しだけ
「戦争」を謳い
強い気持ちで
「あたりまえのことがずっとあたりまえであるように」
と祈られています。


目を瞑り
笑顔を浮かべて聴いていられるのに
こみあげてくる涙。
そして
平和への感謝、決意。


あなたがそばに生きている。

そのかけがえのない奇跡のような喜びこそが
比屋定篤子さんの歌に溢れる喜びなのだろうな


すてきな音楽に出逢いました。

『孤独な鳥はやさしくうたう』

2008.08.08 00:02|読んだ本のこと
先々月、シュタイナー展シンポジウムvol.2として行われた
アートセラピーWS @ギャラリー 册

偶然、田中真知さんという作家・翻訳家の方と同じ席に着きました。

WSでは、それぞれがひとつの作品を作り
その後、互いの作品を鑑賞するという時間があったので
お話しすることができました。


その田中真知さん著作の
孤独な鳥はやさしくうたうを先日読了。

『孤独な鳥はやさしくうたう』田中真知


あの席でこの本を紹介してくれたときも
真知さんは「旅の本、なんですけども・・・」
と、何かそれでは言い得ないものを含ませておられ
わたしはそこに生まれた空気みたいなものにも
ぜったい読もう! と思わされたのを覚えています。


この本は、著者の、
数々の旅先での実体験が書かれています。

でもガイドブックやいわゆる旅本の
情報が溢れているそれとは違い

この本には、旅先で出逢った人や景色の情感、
そのときの著者の想いが色鮮やかに
でも静かに、溢れています。


透明の池の底で
コンコンと溢れる湧き水が
その水面に
静かな虹色を盛り上がらせるみたいに

絶え間なく、旅の感動や情緒が、
こちらに流れるように伝わってくる。

これまでに読んだどの本とも違う本でした。


特に、「ラダックの夏」
・・・・・・おいおいと泣いてしまいました。
著者が出逢ったヤンツァンという10才の女の子。
その姿が見えるようで、
強がりをいう小さな背中が見えるようで、
多分わたしは、勝手に姪っ子の姿を重ねてしまったのでしょうけれど。

でもそんなふうに
風の音が聞こえるようで
土の匂いがしてくるようで
まさに文学。


読み進めつつの追体験、
確かにわたしも旅をしてきたような読後感。

「読書の旅」という表現があるけれど、
その表現以上の読書の旅だと思いました。

旅から帰ってきて、
切なさを含めたいろんなものが胸の真ん中に残りつつ、
馴染みの景色にほっとして、
改めて今ここを大切にしたくなる
その感じも、まさに旅。

あまりにも夢中になって
3日足らずで読み終えてしまったせいもあるのか、
これから何度でも読みたくなってしまいそう。

サンテクジュペリの本をはじめ
(『孤独な鳥は~』には、
 「星の王子の生まれたところ」という章もあるのです)

いい文学がそうであるように、
また旅の味わいがそうであるように、

人生の場面場面で、響いてくるものが変わりそうで楽しみです。



読み終わって思うと
旅の本である事実が逆につくづく凄い。

人生は物語だとか、人生に勝る小説はないとか
それはまぁその通り。
でも実体験でこんなことを感じている真知さんの感性がすばらしくて

名刺交換!と出しゃばったこと・・・なんか恥ずかしくなっちゃった。笑


真知さんは旅の人。
それっきりの出逢いというものものを
こんなふうに味わい生きていく人だもの。


一期一会って
その瞬間瞬間を悔いなくやろうという為よりも
そこにある儚さや余韻を美しいと言いたくて
生まれた言葉な気がします。


上で、池底の湧き水が水面に創り出すようすで
本書の感動を例えたけれど、
旅先で出逢った人たちに対する
真知さんご自身の在り方がそうなのかもしれません。


コンコンと絶え間なく繊細にものを感じたり
意志が動いたりはしているけれど
それを大げさに語ったり伝えたり行動に代えたりするのではなく

湧く水が、水面に起こす
波とも言えない、小さく震える盛りあがりが
きれいな虹を映すみたいに

人に何かを伝えたり残したり残さなかったりして、

旅人として去っていく。

なんかそんなイメージが残りました。

(そんななかで
 旅先で出逢い一目惚れした女性を追いかけた話しは、
 実にかわいくてワクワクしておもしろかったけど!!)


わたしは人生は、「刻むもの」だと思ってきました。
そういう自分哲学があった。


でも、刻まなくても
残り漂うものっていいな。


わたしのカルマは
なんとなくそういうものを学ぶことな気がすると
この5~6年ほどで感じるのです。
学ぶべきだから、出逢うし、惹かれると。


カルマと言葉が出たところで
次は、真知さん翻訳でジョナサン・コット著の
『転生―古代エジプトから甦った女考古学者』
を購入して読みたいと思います。

田島征三さんとnononaのこと

2008.08.06 14:21|絵本や童話のこと
田島征三
「絵本の大地木の実の夢 豊かなる絵本原画の世界」
 
田島征三 展覧会

大好き! 田島征三さん

もうっ大好き! 田島征三さん。


明日は夜、青山へライブを見に行くので
その前に、明治神宮でやっている
名嘉睦稔さんの展覧会を見て
その後クレヨンハウスへ行って
そしてライブに、と思っている。

原宿~青山は自分にとってはエネルギースポット。

田島征三絵本をしこたま買って溺れよう。溺れたい。
田島征三さんについては
溺れきってから、また書きたいなと思います。


さてさて
にっぽん料理 nonona 野々菜

ほんっとにおいしかった。

学んだ印象的なことたちリスト↓

・おいしいわさびはそれだけでつまみになること!
 (「わさびも、お野菜ですからねぇ」とは店主の言葉。グッときたなぁ)

・旨い冷酒は、旨い肴に合わせて
 味わいを変えて魅せてくれること!

・おいしいものを食べると本当ににこにこしちゃうこと! 改めて。

・炊きたてごはんに
 すり下ろしたばかりのわさび+ちょこっと醤油を垂らして食べると
 美味なこと!(わさびがバターみたいな味になる)

・わさび+ちょこっと醤油をそのまま味わうと
 しばらく、舌の付け根に、
 味の残像がふうわりいつまでも残ること!


こう書くと、なんだかわさびのことばかりだな・・・


nononaで井上リエさんの作品が二点も飾られていた。
翌日リエさんにメールで知らせると
やはりリエさんご自身も行きつけのお店のようだった。

縁を感じるー!

銅と鉄のオブジェ作品『天使』にも逢える
食料自給率95%を目指す日本料理屋nonona
その心意気も含めて最高っ!


わたしは今、
米粉をめっちゃ推してます!


平塚市美術館
エントランスにドデーーーンとあった
ユニコーンの巨大オブジェがすてきだった。

巨大ユニコーンin平塚市美術館

巨大ユニコーンin平塚市美術館   三沢厚彦・作
表情が最高。
でかさも最高!
  
 

Keep on freedom!!

2008.08.04 14:36|つれづれごと
「知らないということは、
  自由に思ってよいということだ

             深呼吸する言葉・きつかわゆきお 「深呼吸神髄・2」


今日の空

わたしは今、少々興奮気味だ。
ここ最近の出来事や、思うこと、読んだこと、言われたこと などなどが
それぞれ光を放ちつつ
今、わたしに
Keep on freedom、自由に自由に!
と訴えかけてくれているのをビシビシと感じるからだ。


「うん、そうね」と納得できることはたくさんある。
毎日は納得の連続だ。
でも、その粒たちが、いつかまったくわたし個人のタイミングで
ひとかたまりになって
心の中でうごめき出すようなときがある。

天啓といったら大げさかも知れないけど
これまでにあったすべてのことを飲み込んで
竹でいうなら一つの節を刻むみたいな瞬間。

それも心じゃない、体中が、だ。


週末に、朝から電車に乗って大磯まで出かけた。
大磯エピナールで行われたsummer shareというイベントに
joli.さんが出店したのと
平塚の美術館でどうしても見たい展示があったから。
海も見たいし、これは !と、
一日のしめくくりに食べに行くと決めた
料理屋さんもしっかり押さえ、意気揚々と。

波打ち際をひたすらに歩いたこゆるぎ浜、
あの陽射し、
初体験だったオーラソーマ、
田島征三さんの原画達(レポは後ほど!!)
美味しくって感動したnononaのお料理(これも後ほど!)

それらも作用してのことだろうけれど、

上に引用しているきつかわゆきおさんの言葉を見たとき
目の前がまたパーッと開いた気がした。


わたしは大人になるにつれ
知らないことは恥ずかしいことだと思うようになった。
知らないことについて意見するなんて、
と、ためらうようになった。
当然のことだと思う。

でも今よりも何段階も無知だったわたしは
銀座の交差点で
新聞記者さんに突撃インタビューされたとき(テレビカメラはナシ)
記者さんが面食らうほどに熱い意見をまくし立て

それから10年経ってなお、あのとき喋ったことはわたしの中で真理だ。

(政治家になる人は、国単位の父であり、祖父であり、母であり、祖母であれと。
 祖父が、孫のためにと考えるように
 父が、子のために身を呈して働くように
 その意気込みも器もないやつが、政治家になるなと言った。
 国なんていらないとかも言っていた気がするけど、
 今はもう少し穏やかカナ。笑)


そうか。
知らないことを恥じることはない。
知らないことは自由に考えていいということなのだ。

知らないことで傲慢にはなりたくないし
知りもせず勝手なことを言いたくない。
判断を下したり
まして評価するなんてもってのほかだ。

大切なのは、自由に想う、ということだ。

傲慢になることも、評価しようとすることも、
自由な思想とは違うところから芽生えている。



そうだ。田中真知さんの本でも言っていた。

事実は、往々にして真実とは関係がない
   『孤独な鳥はやさしくうたう』
   (先日読了! これもまた後日レポします。すばらしかった・・・)


そうだわたしもそう言っていたじゃないか。
と、探してみたらやっぱり言ってた!
この→「今ここという真実」というエントリ
現実=真実 の方程式が必ずしも成り立つわけじゃない、と。

見つけたら、
嬉しくて、「自分、エライ!」と、鳥肌すら立って涙ぐんだ(笑)

でも、このエントリ自体が
やはり深呼吸する和歌人「寮美千子」さんの
深呼吸する言葉でわたしは書いているのか~
なんという刺激をもらっているんだろう!



このところ友だちとの会話とか、
何かにつけて「頑張ろう」という言葉で締めくくるようになっていた。
オーラソーマのセッションが終わったときも
何気なしに「よし、頑張ります」と言ってしまったら
「頑張りすぎないで」と言われた。
オーラソーマでもらった一番のメッセージも「自由」だった。


tuck chick bornを始めた頃は
頑張るという言葉、大嫌いだったのにね。

それでも頑張らなきゃいけないと思うようになったころ
早すぎるお喋りを始めたええこの子どもが
確か「頑張るという言葉は嫌い」とハッキリ意思表明していた。


そうだ。ちょっと頑張るのをやめてみようか。
知ることに頑張ることも。

流れるままに、情報は入ってくると言われた。
知ることに頑張るのではなくコミュニケーションに埋もれよう!


恐縮しすぎぃの自分とはサラバイだーーー!!
サーラバイバイサーラバイ元気にサーラーバーイ!

絵本もヨガも、やったるどー!

父の亀吉

2008.08.02 01:09|暮らし
先日実家に帰ったとき
カメの亀吉に初対面した。

水槽の中からこちらを見ている亀吉

こちらを見上げている亀吉

この亀は、
数ヶ月前まだ春うららの頃に
父が突如として飼い始めた亀で
なんでも、出逢いが運命的だったらしい。


父は毎朝、
車を運転して通勤しているのだが
その途中の決して交通量の少なくない国道で
センターラインの白線の上に
何かがいたのを見つけたそうだ。

直感的に、亀?!と思って
ミラーで後ろを確認すると
ぐうぜん一台も後続車がなかった。

ギアをバックに入れて、
何者かがいたところにまで戻り停車!

運転席のドアを開けると・・・
なんとそこには
小さな小さな亀がいたんだそうな。

父は迷わず亀を拾い上げ
車に乗せ帰り、
家で飼い始めたというわけ。


わたしが夕方
「ただいまー」と実家のドアを開けると

亀吉はクーラーの効いた居間の
テーブル上にいて
新聞紙の座布団にちょこなんと佇み
テレビを見ていた。

父はというと、
亀吉の水槽洗いに励んでいて
暑い暑いとふぅふぅ言いながら
庭から戻ってきたところだった。



去年の冬は、はぐれ椋鳥が
実家の玄関口にある
でかくもない木を寝床にして
毎夕、帰ってきていたし

わたしが幼い頃からときどき姿を見かけた
「ヤモリ(家守)」はまだ健在(世代交代してるだろうけど)で
父はそいつに会うといつも嬉しそうだ。

若かりし頃
お金はないが夢と冒険心の固まりだった父は
狭い部屋でハツカネズミを飼っていたとか。


小さな命と心を交わす父は
還暦過ぎてますます元気。

亀は万年!

亀吉にあやかって長生きしてね。

ホタルの光 ママの光

2008.08.01 09:00|暮らし
8月1日は下の甥っ子の5つの誕生日。

絵本を贈った。

『たまごにいちゃん』
『だじゃれどうぶつえん』

夏休み中の小学生ふたりにも。

『時の迷路』
『進化の迷路』


先日、東武動物公園にみんなで行ったとき
ホタリウムに付き合ってくれた
彼はとてもかわいらしかった。

わずかなホタルの光もよく見られるように
暗順応で目を慣らすため、
最初に5畳ほどの部屋で
真っ暗ななか
ホタルの生態についてのアナウンスを聞くのだけれど
彼は、だんだんと混乱してきていた。

『何も見えない!
 自分は目をとじているのか?!
 でも、開けてるはずなのに・・・』


「ママ、ママ、
 ちっくん(自分のこと)、目目、開けてないの?」

何度もそう言ってた。


そのあとホタルの光を鑑賞する部屋に移ってからも

「ママのお顔が見えないよ?」

「ママもちっくんの顔が見えないよ。
 でも、ほら、ホタルの光が見えるでしょ。きれい~」

ママがそう答えて諭しても
彼は何よりも
“ママのお顔”が見たい様子。

ホタルの光よりも
ママのくれる安心感のほうが
ずっとずっと大切で恋しいわけだ。

そりゃそうだよね。

小さな子どもは
ほんとにかわいーね。
そのときどき、成長段階それぞれでの
かわいさ健気さがあるけれど

「生まれてから数年のあいだで
 子どもは一生分の親孝行をしている」

という言葉に納得してしまう
特有のかわいさはやっぱりかけがえない。


さぁさ、さぁさぁ、今宵は新月の夜。
新月ワークで、月夜にお願い事をいたしましょう!
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