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Author:tuckchickborn>hisano
大川久乃です。

『はたきがけこうしん』(文・大川久乃 絵・下田昌克
こどものとも年中向き/福音館書店/2016年6月号



『キャベツのくすくす』(文・大川久乃 絵・伊藤秀男
こどものとも年少版/福音館書店/2012年6月号



定期購読のほか、
お近くの書店、
福音館書店MO係 TEL:03-3262-1642でご注文可能。



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「伝えたい」の温度

2015.02.08 20:52|つれづれごと
「伝えたい」
その思いの純度というのが、きっとある。
伝えたい、それは熱をおび
伝えたい、それは夢をもつ
伝えたい、それこそが愛で
伝えたい、それこそがほんとう

rps20150208_170858.jpg

歌を歌い続けたいと願う中学生の女の子
彼女のはじめてのライブに出かけて

完成された楽曲が流れ
歌い手が歌をのせようとするとき
マイクをにぎった彼女の
「伝えたい」きもちがあってこそ
彼女はその楽曲の導き手になるのだと感じた。
楽曲と、聴き手を繋ぐ、歌い手になり得るのだと。

そしてその「伝えたい」の純度が高ければ高いほど
楽曲はもとのそのすがたを変えて超えて
彼女をうしろから輝かせる
彼女のあとから曲がついてくるような
彼女のなかから曲がでてきているような、そんな感じに。


歌い手はきっと、いつか、自分の歌を書くようになるだろう
でもだれかの作った曲でもこういうことってあるんだね

ていうか、だれかがだれかのために曲を書くってのもすごいや。
いや、どの曲どんな生まれの曲でも同じね
聴いた人が「自分の曲」だと思えてしまう
それはなぜって
その曲に綴られた歌詞やメロディに込められた
作り手がのせた「伝えたい」だったり
歌い手がのせた「伝えたい」気もちが
聴き手の、奥の奥の奥のハートに響くんだ、
手渡されてしまうんだ。

世界で一つの贈りものとして
届いてしまうことがあるんだな。


ところでわたしの「伝えたい」は?
ところでわたしのそのものは?

すっかり彼女に触発されて
火がつきました。
ありがとう、すてきな歌を。こころから。
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うわきなひとりごと

2014.07.02 21:49|つれづれごと
わたしが好きになる人は
だいたい好きな雰囲気の映画にでてくるよな人で

その映画のなかの人は
たとえば被災地
たとえば官邸前デモに
(きもちはあっても)実際には行くことのない
そんなような感じの人で。
勿論これは勝手な解釈。
でもその映画で描かれない場面としてのデモに加わる
その人はやっぱり想像できない、そんなようなというところ。

でもねあの<3.11>のあとのこと
むかしわたしが好きだった人も現地へ行ったと知って
いや、それを知ることとは関係なくも
わたしは自分がひとりでは行かない行けないこと棚にあげ
「行きたい、行かなきゃ、むしろなぜ行かぬ?」
という気もち。

そのとき貴方にまいこんできたはなし。
貴方は行く人になった。わたしも連れて。

今回のデモだってわたし
行きたい、どうして行かないだろう
そんな気もちになっていたとき
貴方は「今日、行こうか」と言った。
貴方はまた行く人になった。わたしも連れて。
静かにデモのその現場に出掛け、
尋ねられれば答える以外、
とくに声は発すことなく、とくにどこかで立ち止まることもなく、歩いた。

貴方はもう、わたしの映画のなかの人ではなくなった。

わたしは映画のなかにでてくるようだった
貴方のことがじっさいとても好きだったから
どこかでわたしが貴方を汚したような
そんな気分もずいぶんきっと長いこと内に重ねてきたけれど

それと同時に
わたし自身はそもそもその映画の住人にはなれないってこと
(それは貴方に出会う前から)100も承知で生きてきたから

だからわたしは貴方とならこれから先の人生を
いっしょに生きていける気がして安心したりうれしいの。

わたしのなかで今日も未だ映画のなかに出てくるように
生きてたりしているすてきな人は
きっとわたしはそのまんまときどきひとりの夜更かしに
ドキドキうっとりのぞき見できたらそれでいいんだ。

なんて浮気な独り言ち。
なんて不埒な独り言ち。

原宿青山聖地巡礼、そして100人の母たち

2014.04.25 22:36|つれづれごと
先日なにげに2週続けて実家の母に息子を預け外出しました。
先週は上野、そして先日は原宿表参道。
わたしにとってはパワースポットで、聖地巡礼とよびたい箇所が点在する町です。

そのひとつであるクレヨンハウスにて、
明日4/26から亀山ののこさんの「100人の母たち」写真展が行われます。
100haha_crayonhouse.jpeg

このあいだ行ったときはそう、会期前でした☆
でもお店を出ようとしたときにすれ違った、紫色の光!
落合惠子さんでした。

わたしにとってはじめての受賞体験だった
文化出版局「ミセス」誌上のコンクール授賞式で
落合惠子さんにもお逢いでき直接いただけた言葉に
わたしはその後、幾度となく助けられたものです。
そのお礼と、出版報告もするチャンスだったけど、きっとまた
よきときがくるでしょう!

自慢話(・・・)にはなしがそれました!失礼しました。

4月26日はチェルノブイリ原発事故の日。
この写真展はそして母の日の5/11まで開催されます。

光を背にわが子を抱いてほほえむ女性たちは聖母のよう。
でも、のの子さんの写真は
彼女たちの、それだけではない、覚悟と、
悔しさを受け容れた(その過程も含み)ようななんともいえない
静けさと、独特な明るさがあります。

だって目の前に子どもがいるんだもん。
笑ってあげたいじゃない! 
これがわたしの選択なのだもの! 引き受けるしかないじゃない!

その姿に共感されたり励まされたり導かれたりするのは
きっと「母」だけじゃないと思います。
100人の母たちは、
いま、100万人の母たちへと大きく広がっているそうです。

この時代、ちがいますねずっとむかしから母というのはひとつ象徴的ですね。
時代に対峙する姿として。
現実と向き合う者として。
選択するものとして。
闘うのではなく、もしくは闘うだけではなく、受け容れる姿として。

それはやはり、日々、ましろな身体の子どもに食べさせるものを
作るからのように思います。
衣食住すべてですが、やっぱり、食はそのなかでも特にダイレクトです、
いろいろな影響が。

なので象徴的な意味としての「母」を
現実、生活の中や仕事を通してしているひとも、母なのだと思います。
また、いのちあるもの母から生まれてない人はひとりもいなく
母はみなのはじまりでみなが内包するもの。

とにかく、そんな「100人の母たち」、写真集もありますが
ぜひほんものを間近で感じましょう!
そして母性を振るわせよう! グッドバイブレーションに!


**
see more grassで開催中
『それで君を呼んだのに』と題した忌野清志郎を想う展示
すばらしかったです。
東京カフェマニアの川口葉子さんが
その空気感をたっぷりふくんで記事
にされています!写真もたっぷり。
わたしはいつもsee moreではちょっと
ドギマギしてしまうので(もう30も半ばなのに)
この空気感にのまれるばかりでしたが、それがとても幸せなのです。
**
絵本の作り手をめざすものなら必ず幾度と行くであろう
ピンポイントギャラリーで、
今年も、友人数名が参加する「エレーヌぐみ」のグループ展開催中です。
こちらは明日17時まで。

また、
vol3harvest0420.jpg
ことしもわたしの住む町の一大イベント「井のいち」が
5/18、初夏の風薫る氷川神社で開催されます。
そのプレイベントとして「くすくすの会vol.3」を
おなじみハーベストにて5/11に開催いたします。
詳細は記事の文末で。
出演者や井のいちのこと、記事をあらため追って紹介したいと思っています。


『えほんとおんがくくすくすの会』vol.3
-絵本、おはなし。ことばのおんがく。うたとギター
+キャベツのクスクスとパンのおみやげ-

日時 5月11日(日)
11時から(1時間程度を予定)

値段など
中学生以上の大人ひとり1500円
(キャベツのクスクスとパンのおみやげ付き)

場所と予約
HARVEST(ブレッド&カフェハーベスト)
東京都練馬区石神井台5-28-23
http://www.harvestbakery.jp/
TEL 03-6795-1567
平日 11:00-18:00 土日祝 9:00-18:00
火・水定休

モアノへ

2014.04.14 22:40|つれづれごと
野村島弘美「A to Z wonderland」も後半にさしかかりました。
わたしはこのあと、16日の水曜日に行こうと思っています。

rps20140414_220044_438.jpg カフェ&ギャラリー「モアノ」

彼女のイラストに添えさせてもらった詩も楽しんでいただいているようで
ほんとうにうれしいです。

週末、友人らが子連れで行くというのを知り
急遽、わたしも息子を連れて一緒に行くことにしました。

打ち合わせを兼ねて訪れてはいたものの
額装されたひろの絵が並んだ景色ははじめてだったし
わたしの想像をこえてに絵と空間と呼応していて
思わずぐっときました。
絵を見ながら手にとって読んでいただける詩の冊子も
とてもすてきに仕上げてもらっています。

rps20140414_220020_964.jpgギャラリー併設のカフェでお絵かき、まちがってないよね。むしろすてき。

子どもたちは元気いっぱい。
時間がゆるすかぎり、と、国際子ども図書館も行きました。
rps20140414_220101.jpg
以前、非常勤として4年弱勤めていました。
でも、ノスタルジックな気持ちにはならなくて
時間がそれだけすぎたってことなのか、
いや、やっぱり母ちゃんの状況だったからなのか(わりと必死!)
その、感傷的にならなかった自分に、ちょっと驚いたことが収穫のひとつでした。


ちひろ美術館へ行き、夜はアンに思いをはせ
翌日、打ち合わせ後に上野散策と、みっちりたっぷりだった2日間。

緊張がほどけて、心地よくだらだらとすごした今日。
息子ときんじょの公園に2回行きました。
砂場で小学3年生くらいの女の子ふたりが髪を振り乱しトンネルをほっていて、
2回目に行ったらまだ掘っていて、
かなりの深さのうえこんどは穴をひろげているんだと話してくれました。
夕方になってのぞかせてもらったら、
西日がそのトンネルにさしこんでいて、
それまでにもなんだか泣きそうになっていたわたしはちょっとうるうるとしてしまい、
写真を撮らせてもらいました。
名作絵本、「あな」を思わずにはいられないのでした。
いつまでを子どもと呼ぶかそれはさておき、やっぱり子どもたちはどの年代も、美しく、
ほんとうに興味深くて愛おしい。

rps20140414_220138_158.jpg rps20140414_220123_267.jpg


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花の季節のはなまつり

2014.04.09 00:17|つれづれごと
先日の圓福寺まつり、お天気もどうにかもってくれました!

岡部真由美(vo.)遠藤康之(gt.)そしてわたしの朗読でお届けした
深呼吸する言葉と深呼吸する歌
~アコースティクギターの調べにのせて

きっとざっと100人を超える人にお集まりいただき
お釈迦様にも見守っていただくなか終えることができました。

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なんというか、言葉には代えがたいひとときで
本番後はほっとするとともに胸がいっぱいになりました。

祖父母の年代の方がお客様には多くいらして
そのみなさんが思い思いに聴き入ってくださっているのが伝わってきて、
それだけで、ありがたく、涙が出そうになる瞬間もありました。

共演してくださったふたりの演奏ももちろんすばらしく
目をつむり、思わず今、自分もステージに居ることを忘れて
聴き入ってしまうこともしばしばでした。
届けることのプロだ、と感じました。

友人に着付けてもらった着物は、母のもので、もう二十年近く
箪笥の肥やしになっていたもの。
昨年のうちにお話をいただいた時点で、着物を着ようと
イメージをしていましたが、実現して、それもとても幸せでした。

わたしは今回、前に出て、それもお寺の本堂の内陣という
とても神聖な場所で、朗読をさせてもらったわけですが
何かを提供している側がこんなにも多くのものを受け取っているのだ
ということを、これまで以上に重く実感させられました。

身をつつんでくれた着物と、それを着付けてくれた玲子さんの手、
そういうもののおかげもあってか
実際、あんなにも落ち着いた気持ちで、
朗読をできたことも正直ありませんでした。

今回のこの体験を、わたしはまた何かの形で
恩返ししたいと願っています。
きっとそれは、今回のこの場にいてくださったお客様への
直接のお返しではないのだと思うけれども
そういう循環として、きっと。と、思います。

**

この日は、実家でのんびりして、翌朝、自宅に戻りましたが
ポストに、楽しみにしていた一冊の本が届いていました。
わたしの住むこの地域でつながった縁から
tuck chick bornのあつちえりこに、と、
表紙と挿絵の依頼があったのはいつだったでしょう。
それがいよいよ完成したのです。

はやる気持ちをおさえ、
息子を寝かせて台所仕事を済ませた夜9時ごろ
どきどきしながら封を開け、一気に読んでしまいました。
(またゆっくり紹介します!)


圓福寺さんへむかう道すがらは
わたしの実家からええこの実家へむかう道のりを
懐かしく通ったりもしていて

そしてそもそも今回のこのステージの縁をつないでくれたのは
地元の友達であって、
なんだか、そういうひとつひとつもとても、うれしくて
かみしめていた日でした。


「深呼吸する言葉 ふるさと」

よろこびの歌よりも
哀しみの歌をききたいときがある
でも、ふるさとを思うとき
わたしはおかしき歌をうたいたい
そして友を思うとき
わたしは歌にもならない
ありのまんまを届けたい


これまで綴った「深呼吸する言葉・大川久乃」のページはこちらです。

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