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Author:tuckchickborn>hisano
大川久乃です。

『はたきがけこうしん』(文・大川久乃 絵・下田昌克
こどものとも年中向き/福音館書店/2016年6月号



『キャベツのくすくす』(文・大川久乃 絵・伊藤秀男
こどものとも年少版/福音館書店/2012年6月号



定期購読のほか、
お近くの書店、
福音館書店MO係 TEL:03-3262-1642でご注文可能。



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デンデンムシノカナシミ

2015.06.26 22:42|書くこと
梅雨。
でんでんむしさんの姿が良く、
絵本棚でも子ども向けの番組でも見かけられます。
(歩いていて、というのではないのがかなしいかな)

あの”殻”を、「家」とする見立てがメジャーどころ。
出ておいでよ、一緒に遊ぼうよ、と、かたつむりに声をかける登場人物たちを見て

ふと、綴ったことがあるので、久しぶりにこちらを更新。
「書くこと」のカテゴリとして、書いてみます。

かたつむりにとって、あの、せなかのものは
”かくれみの”であるのかどうか。

かたつむりがかたつむりであるそれ以上でも以下でもない、
”殻”をふくめたすべてまるごとが
ありのまんま なんじゃないか。

人に自分をさらけ出すことを美徳とせぬ人がいて
そういう性質(タチ)を、「損だよー」というのは
やっぱり、あの”殻”を家にみたてようとする
いわばありきたりの発想からくるおしつけかもしれない。

同時に、その”殻”のあるすがたに、勝手な理想をかさね
過大評価を膨らませるのも、ちとちがう。

でんでんむしは、
自分のやわらかな身を、ときにすっぽり入れることすらできる
空洞”を、その、背中に持っている、そういう性質のものなんだ。


それにしても、
新美南吉の「でんでんむしのかなしみ」という童話は

改めて、すごく、いいなぁ。

人は、自分が深く感じ入ったこと、
または言語化以前の感覚で腹におとしこんだことでしか、

現象を詩にできないし
その詩作、そこからしか物語を紡ぐこともできない。

(確かヘッセが、すべての童話作家は詩人であると言っていてわたしには指針)

それがどれだけ突拍子もなくて
どれだけひとりよがりだよと酷評する人があったとしても

その人の人生の、電光石火、
一瞬の真実の視点であるのなら

必ずその点には、すれ違い出会うことの叶う、人がいる。

その交差点で、普遍のものとなる。

でんでんむしの”殻”を
かなしみとしたとき
この詩人と、でんでんむしは、完全に対等なんだ。
読み入る読者と、でんでんむしも、結ばれるんだ。

むすばれるとか、対等とか、ともだちとか、そういうことだとも、思う。
 
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備忘録的メモ

2015.01.23 22:33|書くこと
年末いつだったか、テレビでたまたま観られて
ノートにメモした倉本聰の語録たちを備忘録的に。
しびれたんだな~とっても。
とくに、ごろうさんらの今現在の生活っぷりが
倉本聰氏のなかで続いていて出会っちゃうんだって言ってたくだりが。

ストーリーではなくて、人間を書くんだっていうのも
ちょっとハッとしました。

年が明けさいしょの新月から数日たって
今日はきれいな弓月が見られました。
ことしもどうぞよい一年を。
また、思うことあり、綴ります。

更新頻度おちてますが引き続き、こちらも書いて、ます、ました。


「やんちゃに
 人間を
 ボルテージ」

「脚本家とはやんちゃに徹することと見つけたり」

創と作はちがう
作は金と知識で前例にならってつくること
創は金がなくても知恵で前例にないものを生みだすこと


ごろうさんと富良野の生協で出会ってこんな会話したとか
蛍はいわきにいてしょうはちは津波で流されて
子どもはごろうに預けてる
ごろうさんはぼけてきてて孫をべろべろなめたりして溺愛して暮らしてる
そんなふうに、自分のなかでは続いてる



数文字の宇宙

2014.10.01 21:09|書くこと
駆け出しの絵本作家で集まる機会などで、
「これが○○さんの絵なら」「これが○○さんの書いた文なら」
きっと認められてしまうのだろう、などとぶつぶつ言うことはよくあるものだ。
それはきっとどの分野どの業界でもあることかもしれないが
こと絵本の世界において、たとえば1見開きで作家がそこに据える言葉は
わずか10文字に満たないかもしれない。いや、2文字、1文字、0文字という選択もある。

そのたったのたとえば5文字を、「誰が」書いたかなど、
本来の読み手である子どもは気になどしないが
出版に至るまでの若手作家はその5文字のためにどれだけもがくことか。

それは時にぼやきたくなっても仕方がないのではないかと我ながら思う道のりだ。
もしこの5文字が有名な「誰それ」のものであれば唯一無二の「5文字」となり
真理となり宇宙となり、本にするに値する5文字となる、と。

子どもに向かう本であるから、簡単でいいわけでは当然なくて
シンプルさというむしろ至極難関な表現が求められるのは
言葉だけでなく、絵にも言えることであり、シンプルは「真」という意味も帯びる。
「真」とは「本当」「現実」とイコールなわけでもなく
その作品世界の「真」だということは、少々話が横道にそれても書き添えておきたい。

絵本『キャベツのくすくす』出版から2年がすぎてしまった。
同じ頃にこの世に生誕した息子も2才4か月。

出版にむけて動いている2作品のうち一方は、
『キャベツのくすくす』出版以前から動いており
もう一作品は1歳になるころからだったかな、動き出している。
これらの出版予定は再来年以降ということだけは確実なようなので、
『くすくす』4歳まではわたしの出版活動は休業しているようにみえるが
そうではないのでございます。

出産以降=くすくす出版以降もあれやこれやともがいたり執筆したり打ち合わせをしたりして
その貴重なプロセスで、
わたしはいままたひとつの階段をのぼったように感じている。

冒頭の話にもどるわけなのだが、
そのたとえばたったの「5文字」を、唯一無二にするのは作家の名前ではないのだやっぱり。
いや、言ってしまえば作家の名前があっての5文字でも良いのだ。
そのたったの5文字を真理だと言わしめてしまう作家の名前には
何があるかというと、創り上げてきたその作家の所有する宇宙が存在する。
その宇宙から生まれてきた5文字だということが、もう、誰にも分かるというくらいに
その作家が、創ってきたということだ。
その宇宙においてその作家は、いわずもがな神なのであろう。

読書という一時空間、読者がそこに心地よく漂えるだけの
しっかり構築された世界だ。
それを創り上げることのできる作家の腕こそが「5文字」を支えている。

なので、駆け出し作家はぼやいたところで太刀打ちできない。
「はい、そうですよ。これが○○さんが書いたものなら、納得せざるを得ないでしょうね」

わたしはラッキーだ。
そこまではっきりと言われたわけではないけれど、
『くすくす』を担当してくれた編集者さんとの打ち合わせ、というかお喋りのなかで
このことを得ることができた。腹を割って話せたという幸福感はあたたかい。

わたしは筆名大川久乃である。
それは今までもこれからも変わらない。
でも、大川久乃という名前が、人を安心させ納得させられるようにするには
それを目的とすらせずに
ただひたすらに、その唯一無二の数文字にむかって精進するしかないのだ。
宇宙にほころびがあってはならない、ひたすらにストイックでありたいのだ。

と、書きながら、このことすら作家業の目的ではなく
では何なのかというと、今の自分を肯定し、勇気づけ、前進させることのできる、
わたしだけがわたしにいえる「YES」だ。

これを読んでいる方に誤解のないよう、また書き添えたいことは、
絵本においていっとうたいせつなことは、
やはりその作品世界の生命力だと思う。
その力の輝きが強ければ強いほど、
だらだらと書き綴ったこれまでのことをすべて無意味にするほどのこと。
それは才能とも、言えるのかもしれない。ちょっと悔しく書いてるけどね。

ひとつひとつの作品は小惑星だ。
その世界だけに流れる音楽があり、それはどれだけ突拍子もなくても
その世界の真のうたであり、
こちらもふしぎと心地よく、知らないはずがともに踊りだしてしまうよな。

宇宙創造はじまりのはじまり、ビッグバン。
そしてひとつひとつの星が生まれたり消えたりすることは
今この空でも、そして作家のなかでも、いつでもどこかで起きていて
それらは、きっとどこかで繋がった兄弟姉妹にちがいない。

作家はやはり、どこかから、だれかから、受け取り紡いでいるものなのだ。
ひとりのようでそうではないということだ。


11/23に、「くすくすの会」を南大泉図書館の秋のお楽しみ会として開催予定です。
くすくすの会としては、この会でひと区切りとして
声に出すための作品作りからまたちょっと自分を離してじっくり、潜りたいと思っています。

「5文字」は声に出して読むとあっという間に過ぎゆきてしまう一瞬すぎる。
その美しさもおもしろさも愛してやまないのだけれども
2歳の息子との日々があまりにも瞬間濃厚なのと同じく駿足な「5文字」を、
今はしっかり懐につかまえてじっくり味わいたいのです。
それが自分の勤めなのです。

Sound for Ato Z

2014.04.22 21:44|書くこと
それは小雨降る夕べ、先の日曜、根津のこと。
こちらでも再三話題にしている、
野村島弘美個展「A to Z wonderland」での唯一のイベントを
Sound for A to Zと題しひっそり決行しました。

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まずは埼玉の地ビール「コエドビール・紅赤」で乾杯。
おもわずみんなおいしいという声も呑みこみとにかく笑顔に!

そして夫である遠藤康之のギターに心地よく揺れながら
AからZまでの詩を、ひとつずつはじめて声に出して朗読しました。

ひろの描いたAからZまでの絵にささげ綴った詩。
でもきっと、
前をむいて整然と並べられた美しい絵たち(まるで絵描き本人のようにね)は、
まだ詩の存在を知らなかったかもしれないと思い
聞いてもらいました。
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ひろから、このシリーズに詩を書いて欲しいと話をもらったのは
いつだったろう。
いちばんさいしょは去年のことだったような気もします。
いや、まだ彼女がNYにいるころに、いつかという未来形の話もあった。

そして、実際どのようなかたちにする? 長さにする?
あれこれ迷いつつ時の流れに流されつつ
けっきょくちょっぴり26個の詩を書けるか
多少の不安もあったのだとおもいます。

それが実際に、ひろとわたしの意志の確認ができ
いざ、書き始めると、
ひとつひとつ、ほんとうに軽やかに、詩がでてきました。
それは、書くたびに、身軽になっていけるような体験でした。

そして今あらためて
わたしはこの体験から、また新しい自信を得ることができたのだと
実感をしています。

私じしんは疎遠になっていたひろと共通の友人から
おきにいりの詩についてメールをもらったのも
ひろといっしょに働いていたバイト先の仲間と
ひとときを過ごしてパワーいっぱいもらったことも
ほんとうにギフトでした。

いろいろなタイミングだとは思いますが
わたしは、ずっとどこかで考え続けてきた
「ものがたりづくりの教室」をはじめてみようと思っています。

作文教室のようなものではなくて
いっしょに、「あなたのものがたり」をさがすような教室にしたい。

ちいさなひとが来てくれたときは
書き上げるお手伝いがメインになるかもしれない。
おとなのひとが来てくれたときは
お話をじゅうぶんに聞いて、方向を見つけたい。
マンツーマンが理想だとは思うけれど
まずはどこかで、お試しのようなかたちでやってみたいと考えています。

**

そうそう話がそれてしまいました。
わたしのZまでの詩を聞いていただいたあとは
サプライズゲストとして、フランシスマヤちゃんにその歌声を披露してもらいました。

ぜひうたってもらいたかった曲
lean on meは、当時、一時帰国中のひろが、
やっぱりマヤちゃんの歌うこの曲でむせかえるほど泣いていた
思い出の曲。
今こそ、ひろと一緒に聞きたかったわたしのわがままを
快諾してくれたやすくんとフラちゃんにこころから感謝しています。

そしてheaven down here
歌われている内容はそのままわたしの、
そしてtuck chick bornのテーマと同じだと、信じています。
フラちゃんが歌うこの曲がなによりだいすきです。

息子がうまれてからライブになかなかいけないので
抱っこをしながら天使の響きに身を浸すひととき幸せでした。

あらためてシンガー・フランシスマヤの天性の美声、響きに
こころから酔いしれ、すごい歌手だ!と感じました。


そしてね、天使といえば。
ひろです。
ひろの涙。
彼女は、公正・公平、友情、そして笑顔というキーワードが思い浮かびます。
でも、天使だ、と思った。
もうそれは漠然とです。
でもあの場に居合わせた人たちならきっとわかるんじゃないかな。

イベント、やってよかったね、ひろ。
そして、この幸せなひとときを創り出してくれたのは
まぎれもなく、ひろ自身の歩みです。
そのひとときを、共有させてくれてほんとうにありがとう。

**

野村島弘美個展「A to Z wonderland」
カフェ&ギャラリー モアノ
にて
今月27日(日)まで開催中です。

**


フランシスマヤ(vo.)
遠藤康之(gt.)大澤直樹(gt.)
「Anniversary(アニバーサリー)」

食べることば

2013.11.04 22:12|書くこと
1歳半になろうとする息子が少しずつ意味のあるお喋りを始めています。

バナナ
(ぱーなーぴっ)
ヨーグルト
(よーふぅとっ)
ジュース
(じゅーちゅ)

(めんめん)

どれもこれも食のこと
こどもと食べものってすごいかんけい
言葉を語らせてしまう力なんだ、食が

ああどうか
すこやかであれ、日本の食よ!


そんなことを思っているこのごろのうちに
先週のことになりますが
長新太展「長さんとずっといっしょ」ちひろ美術館
へ、出かけました。
得るものの大きい展覧会でずっと胸がいっぱいでした。

長さんはわたしが思っていた以上にずっとずーっと
絵本の言葉について真摯で、かつその真摯な姿を
遺してくださっておいでで
それを知ることができて、ほんとうに勉強になりました。

そのなかでも

「言葉をまだ獲得していない幼児が求める欲求」

という言葉が
わたしにはとても大きな学び、視点でありました。



そして改めて、先の、息子の言葉たちなわけです。
食。

わたしの絵本作家としての最初のお仕事が
「キャベツのくすくす」であったことは
何かわたしにとって
思っていた以上に大きな意味があるように思えます。

意味
意味
いみねぇ。
ぜんぶあとづけですけれども
わたしはそうやって
自分の人生を、創っていくのでしょう。
これからも、いままでも。

さぁがんばろう。
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